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社交辞令嫌いのめんどくさがり能天気令嬢は婚約破棄イベントで終始無言を試みる!?



「シンシア・クロイツェフ、お前との婚約を破棄する!」



 大きな大きなお声で、王族の証である漆黒の瞳にシンシアを写し、漆黒の髪にシャンデリアの明かりを反射させた我が国の第一王子、シオン・ブラークはシンシアとの婚約を破棄を宣言した。



 今日は学園の卒業パーティー。シオンの発言を聞いて、講堂に集まっているたくさんの学生たちが一斉にシンシアを見た。

 シオンは勝ち誇った表情で少し高い壇上からシンシアを見下ろしている。その横に1人の可愛らしい子爵令嬢を伴って。

 周りには宰相の息子やら騎士団長の息子やらなにやらかにやら…王子の側近たちが王子たちを囲むように立っている。

 シンシアは全てを見透かすようで神秘的だと評される、昼間の月を思わせる灰色の瞳にシオンを映したまま喋らない。



「おい、なんとか言ったらどうだ」



シンと静まり返った行動にシオンの声が再び響く。

 

「お前がアンリをいじめていたことはわかっているんだ」


そう言って隣の子爵令嬢をギュッと抱き寄せる。桃色のクルクルとしたハーフアップを少し揺らしてアンリ・ピーチは、


「そうなんです、シンシア様からはひどいじめをずっと受けていて…」


と桃色の瞳を潤ませた。ちなみに唇も桃色。



 ふぅ、とシンシアは一息漏らした。

 少し息を漏らした拍子に、瞳と同じ神秘的な灰色の髪がかすかに揺れた。幸か不幸か、アンリと同じハーフアップだ。違うのはシンシアのほうは顔のサイドに後毛が残っていることと、さらさらストレートなことくらいだろう。


「罪を認めるということだな!?」


 何も言わないシンシアにシオンは痺れを切らし始めている。


「この状況で何も言わないとは、罪も認めたも同然。しかも謝罪の言葉ひとつないとはな!」


「ひどいですわ…」


 ぐすん、とアンリは涙を滲ませる。

 一体どうなるんだ、と聴衆たちが固唾を飲んで見守る中、当のシンシアはと言うと、



(あーほんっとうにめんどくさい。しゃべるのもめんどう!こんな大勢の中でやること?婚約解消ならいつでも了承したのに。いじめててもいじめてなくても、もう婚約破棄は変わらないじゃん。もちろんいじめなんてめんどうなことしないけど。そんなのずっとそばにいたシオン王子とその取り巻きの方々がよく知っているくせに〜めんどくさ。)




心底、面倒くさがっていた。




(黙ってたら終わらないかな。学校の授業みたいに、指名されてもずっと黙ってたらなんとなく次の人に行く、みたいな制度ないの?)


 そんな制度が適応されればいいだろうが、婚約破棄の断罪イベントなのでそうはいかない。

 けれど、シンシアは妃教育を受けていることもあって社交界での評判は上々。加えて神秘的な瞳で何も言わずじっと王子を見つめているものだから、


「もしいじめなんてしていたら、あんなに綺麗な瞳で見つめ続けることなんてできる??」

「もしかしてクロイツェフ様は何もしていないんじゃないかしら!?」

「ていうか、ピーチ様がいじめられているところって見たことある?」

「いや、ないわ!」「僕もないな」

「シンシア様はあまり喋らないけれどお優しいって有名だわ」「美しい…」

「もしかして、ピーチ様の妄言なのかしら?」

「ピーチ様と王子がバタバタしているところなら見たけど」

「あ!私も見ましたわ」「婚約者がいるのによくやるな〜って思っていたのよ!」

「それにしても今日もお美しいわ〜」


 時々ただの褒め言葉も混ざりながら、周囲がシンシアに有利に徐々にざわつきはじめた。

 

 面倒くさがりで多くを語らない今までのシンシアの態度が、功を奏したようだ。

 シンシアがあまり笑わず、喋らないのは、社交辞令が苦手という貴族としては致命的な苦手を抱えているからだ。

『面白くもないのになぜ笑わなくてはいけないの?なぜ、思ってもいないことを言わなくてはいけないの?』という名言を妃教育が始まってすぐに残したほど。

 しかし、シンシアの見目が麗しく、灰色の目と髪が昼間の月を思い起こさせるような色をしていることもあり、静かに真実を見つめる『月の妖精』と比喩され、社交辞令的な態度がなくとも嫌な印象は抱かれにくいらしい。

 王子の婚約者として国外の貴族や王族と関わるときは、扇子で笑顔のない顔をカバーしながら、本当のことだけを発言する、という方法で乗り切り、今のところ問題は起こっていない。


 ちなみにシンシアは、そんな性格が影響してクールに見られがちだが、性格自体は明るいタイプだと、自己分析をしている。


(あれ、なんかいつの間にか流れが変わった?喋らなくてもいけそうかな?)


 確かにこんなふうにラッキーと思う程度には明るくて、ちょっと能天気ささえある。

 しかしそんな能天気な考えを打ち消すように、


「うるさいうるさい!証拠は揃っているんだ!」


シオンが再び大きな声を出して周囲を黙らせた。


「シンシア・クロイツェフ、謝罪の言葉があれば婚約破棄で済ませてやろうと思ったが、罪を隠蔽するならそうはいかない。おまえを国外追放とする!」


シオンが腰にある剣をシンシアに向かって振り下ろしながら宣言した。もちろん、距離はそこそこ離れているからその刃が届くことはない。

 黙っているだけで隠蔽とは、困った王子様である。

 しかし剣を振り翳した効果は絶大で、再びシンと静まり返る講堂。

 

 シンシアは変わらずジッと灰色の瞳をシオンに向けたまま動かない。


(わぁ、剣を向けられるのはさすがにびっくり。何も言わずにうまいこと片付くなんてさすがに無理かあ〜。そろそろ何か言わないとだめだよね。隠蔽ってことになっちゃうみたいだし。証拠が揃ってるって言っているけど、どうせ不正な証拠だよね。だっていじめてないから。あーあ、何事もなく終わると思っていたのに、本当に面倒。)


 内心では少し驚いて、そして面倒くさがっていたが。


 しかたない、否定するか、シンシアが諦めて口を開こうとした時。ビュッと強い風が吹いた。



「シンシア、遅くなってごめんね」



 風が止むと同時にシンシアとシオンの間に現れたのは、太陽のように煌めく髪と瞳を持った1人の青年。



「シオン王子、その剣をしまってくれません?」


 突然現れて驚いている周囲をよそに、にこやかな笑顔のままシオンへと向き直る。


「おまえ…」

「ユーリ・ダンデ様!」


シオンが何かを言いかけた時、アンリが遮ってユーリの名前を呼んだ。黄金の瞳をアンリの方へ向け、ユーリはにこやかに問う。


「シンシアからいじめられたんだって?」


「そ、そうなんですの…!皆様のいないところで足を引っ掛けられたり、服を破られたり、階段から落とされたり…ひどい仕打ちでしたわ!!」


ユーリの問いにアンリは目を潤ませて甘えるような響きを持って答えた。その瞬間、


「ギャッ」


アンリの頬からの唇にかけて黒い魔道文字がびっしりと浮かび、口がうまく動かせなくなっていた。


「あ、嘘だ。」


笑顔のままユーリはなんてことのないように言う。


「お、お前何をした!?」


「アンリ嬢が嘘をついたから闇の妖精が口封じをしてしまったみたいです。」


焦っているシオンとは対照的にユーリは変わらぬ穏やかさで答える。が、すぐに笑みを消し、



「ていうか、いい加減シオン王子は剣をしまってくれます?…不愉快」



講堂の温度が一気に冷え込むような低い声だった。

 あ、ああ、なんて腑抜けた返事をしてシオンは剣を鞘に収める。


「そ、それより!アンリの話は嘘だって言うのか!」


威厳を取り戻すように大きな声を出すシオン。


「そうですよ?」


「どうしてわかる!」


「だから、さっきも言った通り。闇の妖精が嘘を見抜いてアンリ嬢の口を封じちゃったんですよ。」


 なんで2回も聞くのかと不思議そうに答えるユーリ。



「さ、さすがユーリ様だわ」「ユーリ様今日もかわいいわ…」「いいえ、ユーリ様はかっこいいの方よ!」「いやいや…」

「ええ、奇跡の妖精使いのユーリ様の言うことは本当ね」

「闇の妖精は悪意に敏感って聞いたことがあるから、きっと嘘を見抜くことができるのね」

「たしかに、シンシア様がいじめをされていたところなんて見たことがないもの」

「それよりやっぱりアンリさんと王子がイチャイチャしているところを見たわ」

「立派な不貞行為よね…」


 

 ユーリの言葉を聞き、一部でユーリの外見論争も起こりながらも、周囲はユーリの言葉を信じているようだった。

 

 それもそのはず。

 ユーリは国で1番と言われる妖精使いだ。妖精自体見えない者が多く、見えるだけでも『妖精の愛し子』などと呼ばれ尊ばれる中、ユーリは妖精を使役することができた。ユーリ曰く使役ではなく協力してもらっているだけ、とのことだが、第三者から見ればほとんど違いはわからない。


(うんうん、わかるわかる。ユーリはかっこいいよね。キラキラ黄金の髪と瞳。かっこよくて、かわいさもあって、優しくて、性格も良くて、何よりわたしのことをよくわかってくれて信じてくれて…。今日ももしかしてわたしのことを助けに来てくれたのかな)


 そしてシンシアは周りの言葉に同意しながらも、胸がきゅ、と締め付けられるのを感じた。


「うるさいうるさい!もしかしたらユーリが嘘をついているかもしれないだろう!?」


周囲がユーリの味方をしていることに焦ったのか、シオンはまた大きな声を出す。せっかくの綺麗な顔が台無しになる程取り乱している。


(わ、ユーリのことを嘘つき呼ばわり?さすがにユーリと妖精様を疑うことは流石に許せないな)


 さっきまでときめいていたシンシアだが、かすかに眉間に皺を寄せ、ユーリが疑われたことに腹を立て反論しようとしたその時。


「お、王子、発言をお許しください。ユーリ様の力はホンモノでございます…ですからきっとアンリ様の言っていたことは嘘が混じっていたのではないかと…」


急にシオンの取り巻きの魔法局長の息子カイル・エラルドが口を挟んだ。


「なんだと!?」


「っ、!で、ですから、ユーリ様の妖精使いとしてのお力は素晴らしいものであると証明されております。闇の妖精は、人の悪意に敏感で、嘘を見抜く力があると、書物にも記されております…ですからおそらくアンリ様の発言は…」


嘘かと、とカイルが続けようとすると


「黙れ!」


シオンが怒鳴りつけた。


「王子である私を疑うのだな、カイル!」


睨まれながら怒鳴られたカイル「い、いえ…」と口を閉ざしてしまう。


(どこまでいっても話の通じない王子だな。)


 シンシアはこっそりため息をつく。


(ていうか、カイル様がまさか王子に提言するとは思わなかったな。あ、でもカイル様はユーリのことをすごく尊敬しているって言ってたな。だからか。このままわたしの疑いよ晴れろ〜!そして婚約解消だ!)


 さっきまでのときめきモードはどこへ行ったのか、シンシアはなんとも他人任せなことを願う。

 シンシアとシオンの婚約は政略的なものだった。シンシアの家は公爵家だ。王家と繋がりを持ちたい公爵家、公爵家の手綱を握りたい王家、この二つの家の利害が一致したために、王子と同い年であるシンシアは婚約者となった。


(思い返せば、王子はバカのくせにいつも偉そうに命令してきて、何にもしていないくせに人の功績を横取りして、ほんっと、何回手が出そうになったことか。都合のいいところだけ聞こえる耳をお持ちだし、偉そうなことを言うためだけの口をお持ちだし、それにそれに…)


 婚約が解消できると思ったら心の中の悪口が止まらないシンシア。


(家族のためじゃなかったらもっと早く逃げ出してたね、確実に。8歳の頃から10年間、長かった…。厳しい

妃教育とか、王子の尻拭いとか…学園に入学したらしたでアンリ様にベッタリになるし。それを見た周りの生徒たちを宥めるのなんて、本当に面倒だった!そんなに好きならさっさと婚約解消を申し入れてくれればよかったのに。きっとそうはいかないってわかっていたからこその、この舞台なんだろうけど。)


 貴族同士の婚約解消はそんなに簡単にできることではない。まして王家との婚約ならなおさらだ。


(外聞を気にして変なところだけ細かいんだから)


 8歳から今までのシオンとの日々を思い出し、ふぅとシンシアはため息をつく。



「王子、もうこれ以上僕たちだけでお話を進めるのは難しいのではないですか?」


ユーリが変わらずにこやかに話し始める。


「なに?」


「シンシアとの婚約破棄と、国外追放。まだ王子には決定権がないでしょう?陛下から許可をいただかないといけないじゃないですか。アンリ嬢の嘘の件も含めて、陛下に判断を仰ぎましょうよ」


「そ、そうだな…」


笑顔で話すユーリにシオンが絆されかけた時、



「その必要はないよ」



講堂内にやわらかい声が響き渡った。



「ち、父上!」



国王陛下、シード・ブラークのお出ましである。


「シオン、色々とやらかしてくれたみたいだね?」


ゆっくりとシオンのいる壇上に近づき、ユーリの斜め前に立つシード。シンシアやユーリ王子の取り巻きを含めた講堂内の全員が頭を下げ最敬礼の姿勢をとる。


「ど、どうしてここに…」


「城にある妖精の力を持つ水晶で、学園内は全て見ることができるようになっているんだよ。だから一部始終を見ていたんだ。」


「そ、う、だったのですね」


優しそうな声で話すシードとは対照的に、気まずそうに返事をするシオン。


「あ、みんな楽にしていいよ」


そんなシオンに構うことなく、シードは黒い瞳を優しそうに細めて周囲に声をかける。シンシアも最敬礼から直ると、陛下はシンシアの方を振り向いていた。


(相変わらず、年齢不詳の見た目。)


 場違いなことをシンシアは思う。シードは王族特有の漆黒の髪と瞳を持つ。すらっと身長は高く、40代前半だが20代後半くらいに見える若々しさを持っている。



「シンシア、バカ息子が迷惑をかけたね。」


笑みを耐えながらも眉尻を下げ、申し訳なさそうに言う。


「な、父上!」


シードの言葉が不服だったのか、シオンは抗議するように父親に声をかける。シオンの声にシードは再びシオンに向き直る。


「シオン、シンシアとの婚約は政治的なもので、勝手に君が反故していいものではないんだよ。」


「そ、それはわかっています、しかしシンシアはアンリをいじめていて、そんな女が妃になれるとは思えません!」


「アンリ嬢がいじめられていたというのは、精霊が嘘だと証明しているじゃないか。それに、シンシアはなぜアンリ嬢をいじめるんだい?」


「それは嫉妬ですよ!シンシアはわたしのことが好きなのに、私がアンリ嬢に優しくするから嫉妬したんですよ!」


「あのね、シンシアは別にシオンとの婚約に乗り気ではなかったんだよ。嫉妬するほど君と結婚したいなんて思っていないんだ。政略的な結婚なんだから。それに、妖精様は嘘はつかないんだ。妖精様のおかげでこの国は成り立っている。妖精様を疑うのであれば、国外追放されなければならないのは君の方だ。」


「なっ…」


優しい口調とは対照的な話の内容に絶句するシオン。


(陛下には申し訳ないけどこのバカ会話、聞いているの苦痛すぎる…。)


シンシアが思ったことは、きっと聴衆全員の総意だろう。眉を顰めるものが出始めた時、


「こんな低脳な会話をずっとみんなの前でしなければならないのは、ちょっと恥晒しだし辞めにしよう。そして、いつまで僕より高い位置に立っているつもり?」


先ほどとは打って変わってシードは冷たく言い放つ。

 ハッとしてシオンはアンリを伴い壇上を降りる。


「シオン、王になるに相応しいかどうか、生まれた時からからずっと見てきたよ。父親として、王として。ようやく今日、答えが出た。本当はずっと前からわかっていた気もするけれど、シンシアがいて君を支えてくれるなら、と淡い期待をしていた。これはシンシアにも申し訳ないことをしてしまった」


再度シンシアを振り返り申し訳なさそうな顔をして、すぐにシオンへ向き直る。



「シオン、君から王位継承権を剥奪する。当然シンシア嬢との婚約は破棄。これ以上の詳しいことは調査をしてから追って公表する。」



優しいけれど威厳のある声が講堂に響き、何人かの息を呑む声が聞こえた。


(こういうところが、国民に好かれるんだよね)


シンシアは1人納得する。

 シードは国民に対して優しくて平等。政策も的確で『賢王』と呼ばれることもある。


(そんな賢王が王位継承の第一位に据えているから、みんなシオンのことをバカ王子だって知っていたけど、何か秘策があるのではって謀反はおきなかったんだよね…。)


 だけどそれも今日で終わりか、とシンシアは呆れとも安堵ともつかない気持ちになる。


「な、父上!」


「さあ、シオンを連れて行ってくれ」


いつの間にかきていた衛兵たちがシオンとアンリを取り囲み、講堂から引きずるように外に連れ出した。連れ出される最中も、わーわーと騒いでいたが、抵抗虚しく連れ出されてしまった。


「さ、嫌なところを見せちゃったね。雰囲気もぶち壊してしまって…どうしよう」


気まずい雰囲気が流れる行動内で、困ったようにシードは笑って


「ユーリ、明るくできない?」


とユーリに声をかけた。


「まったくもう、陛下の頼みとあっては断れません。高くつきますよ?」


「君の願いはなんでも叶えよう」


妖精使いとしてシードとの関わりが多く、自分に強く出られないと知っているユーリはシードに軽口を叩き、シードもそれに笑って答えた。

 

(陛下にあんな口をきいて!)


 シンシアがユーリのシードに対する不敬を心配した時、ユーリがパチンと指を鳴らした。するとどうだろう、天井から光の粒と花びらが降り注いだ。

 わぁ、とあちこちから歓声が上がる。講堂にいたオーケストラも思い出したように演奏を始める。


「みんな、卒業おめでとう。これからもみんなの活躍を願っているよ。今日は思い切り楽しもう!」


陛下が声をかけ、ダンスパーティーが始まる。


 あちこちでみんなが踊り出す中、


「僕たちも一曲どう?」


ユーリがシンシアを振り返り、手を差し出す。シンシアは静かに手を取り2人は踊り始める。



「シンシアが責め立てられてるって妖精から聞いて、いてもたってもいられなくなって、急いで来ちゃったよ」


華麗にステップを踏みながらユーリが話し始める。


「王子にはずっと呆れていたけど、剣までむけているからさすがにちょっと怒りが湧いたよ。」


握っている手にユーリが少し力を込める。


「同時に、チャンスだとも思った。小さい頃に決まっていた王家との婚約を一体どうやったらスムーズに解消できるか、そんなことばかりを考えていたから、これを利用すればうまく婚約を解消させられるって」


結局は『破棄』になっちゃったけど、そう言って笑う。


(ユーリはわたしと王子の婚約解消を望んでいたの?なんで?…まさか、わたしのこと………………いやいやいや、それない。きっと幼馴染として、心配してくれてたんだ。ユーリには時々愚痴を聞いてもらっていたし、わたしが不幸にならないようにって思ってくれてたんだ)


ユーリの言葉にシンシアは自問自答。

 一瞬ときめいたものの、すぐにそれを否定した。


「はあ、お二人のダンス見惚れちゃうわ…」

「わかりますわ!ユーリ様はかわいらしく、シンシア様はお美しく…」「いやだからユーリ様はかっこいいだってば!」「いいえ!…」

「シンシア様は次は当然ユーリ様と婚約されるわねきっと」

「そうだろうな、王子との婚約がなければお二人はもっと早く結ばれていただろうし」



 そんなシンシアをよそにダンスを踊る2人を見て生徒たちはあれこれと好き勝手に話す。

 しかし、社交界の評判としてはその通りなのだ。2人にはシンシアが王子の婚約者だから誰もが口にしなかったものの、社交界ではお似合いだと誰もが思っていた。

 シオンは社交の場をシンシアに押し付け…任せることも多く、その時にエスコート役をしていたのがユーリだった。2人は家族ぐるみの付き合いがある仲の良い幼馴染で、パーティーで2人の仲の良い姿を見た者たちは、口にこそ出さないが、「お似合いだなあ」と皆思っていた。

 

 2人とも見た目が良いこともあるが、その性格や家柄も含めてお似合いと評される一因だった。

 大きな瞳を持ちにこやかで柔らかく、時に可愛らしい印象も与えるユーリと、凛としていて美しく神秘的なで口数は少ないけれど、公平で優しいシンシア。そしてそのシンシアが笑顔を見せる家族以外で唯一の存在のユーリ。

 社交の場でこの2人を見た者は、王子との婚約があったために口に出しこそしないが、「お似合い」という感想を抱くのだった。


「シンシアったら王子に何も反論しないんだから。違うことは違うって言わないと」


困ったようにユーリは言う。


(み、耳が痛い…。でもだって、あの話の通じない王子に何を言っても意味がないし、婚約破棄ができるならいいなと思ったんだもん…国外追放は困るけど。それに、たとえこの場で悪い方向に判断されたって、)



「ユーリはわたしを信じてくれるでしょ?」



灰色の瞳いっぱいにユーリを写し、シンシアが聞けばボンっと顔をあっという間に真っ赤にして、


「そんな信じてくれてるなんて嬉しすぎる、…じゃなくて!それはもちろんそうだけどっ!」


ユーリは答える。


「だから大丈夫なの。」


「ま、まったくようやく喋ったと思ったら都合の良いことを言って!どうせ、面倒だっただけでしょ?」


「それは、…否定できないけど。あ、そう言えばわたしが何も言わないまま、婚約破棄が決まっちゃった」


ふふ、とシンシアが微笑み、ユーリはまったく…と呆れとおかしさを混ぜたように笑った。




「まあ、シンシア様が笑っていらっしゃるわ!」

「本当にお綺麗ね」

「ユーリ様と揃うと、お二人とも妖精みたいね」

「たしかに、月と太陽の妖精様ね」


 オーディエンスの噂話なんて何のその。

 一曲終わったところで、2人は講堂を抜け出して中庭に移動していた。

 


「ここでもっとシンシアと一緒にランチを食べたかったな」


中庭のベンチに腰掛けて、ユーリはすでに懐かしむように目を細める。

 ユーリは10歳で精霊使いとしての才能を開花させたために、学園に通いつつも精霊使いとしての修行があった。午前中は学園に来て、午後は修行、そう言うスケジュールが組まれていて、ランチは移動中にさっと取ることがほとんどだった。


「今日の卒業パーティーも来れないかもと思ったけど、来れてよかった。」


ニコリと笑って、シンシアを見る。

 今日も修行があるから来られないかもしれないと言う話を、シンシアは前もって聞いていた。



「来てくれて、よかった」



(これからだって会えるけど、学生生活最後の日はなんか特別だし。)


「うん」


(うん、って、!そんなにニコニコ見てこないで…!心臓がしぬ…!)


 徐々に真っ白なシンシアの頬が赤らみ、静かに鼓動が早くなる。


(婚約がなしになって、ほっとしたのも束の間だよ!前まではどうせ婚約してるしって思ってたのに、今はそうじゃないからどうしよう!!!やめてやめて、もうこの気持ちには蹴りをつけたんだから!!)


 そう、シンシアはユーリに片思いをしていた。とはいっても、その気持ちに気がついた時にはすでに王子の婚約者。その気持ちは秘密にして諦めるしかなかった。


(今日、婚約者がいなくなったけど、ユーリは将来有望な妖精使い。顔も性格も抜群に良い。わたしみたいな、婚約破棄と国外追放を宣言されちゃうような人間は釣り合わないし、ユーリの経歴に傷をつけることにもなる。それにユーリにとってわたしは、ただの仲良い幼馴染。今まで通り、今まで通りだよシンシア)


 そして、たった今婚約者がいなくなった後も、シンシアは自分の気持ちを諦めようとしている。



「シンシア」



ユーリが優しく名前を呼ぶ。シンシアがユーリの方へ顔を向けると、ニコリと笑っていう。



「シンシア、僕、君が好きだよ。」



 サアッと柔らかく風が吹いてシンシアの灰色の髪がゆれた。

 ユーリはその髪をそっと手に取って耳にかける。



「王子という婚約者がいたから言えなかったけど、シンシアのことが大好きです。今日、婚約破棄したばかりなのに、こんなことを言うのはよくないかもしれないけど、僕と結婚前提にお付き合いしてくれませんか?」



 シンシアの膝の上にある手はいつの間にか握られている。


 どれくらい時間が経っただろうか。告白した後だから、僅かな時間でも余計に長く感じるのだろうか。

 シンシアは一言も発さないどころか、瞬きもせず、微動だにしない。


「シンシアー!おーい!」


ユーリは握った手に力を込めたり、顔を覗き込んだりしている。目を開けたまま気絶したかな?と体調を心配し始めた時だった。



ボンっと、音を立ててシンシアの顔が真っ赤に染まった。



「わ!シンシア!?」



いきなり赤くなったことに驚くユーリ。



(は、はあ!?!?ちょっと脳みそのキャパを超えたんだけど!?な、何を言っているのこの人は!!わたしのことが好き!?結婚!?前提!?お付き合い!?そ、そんなまさか!!!ほんとついさっき、ついさっきだよ、ユーリとの恋は叶わないって思ったのは!)


「シンシア!大丈夫!?」


(わたしは大丈夫!あなたこそ大丈夫!?ユーリ!)


 心の中ではうまく返事ができているが、実際は口がぱくぱく動いているだけのシンシア。


「びっくりさせちゃったよね。…僕はただの幼馴染で、恋愛対象ではないと思うし。」


だんだんとユーリの顔が悲しそうな顔に変わる。


(いや、そんなことはない!バリバリばっちりの恋愛対象!これ、現実かあ!)


 ようやく現実に追いついてきたシンシアの脳内。


「シンシアは嫌かもしれない。僕は身を引いた方がいいのかもしれない。」


(まってユーリ、そんなことないの!!)

 

 ユーリのネガティブな発言にシンシアは焦る。やっぱり告白はなかったことに、そんなことを言われたらどうしよう、と焦るけれど、なかなか声にならない。

 そんなシンシアをよそに、でもね、とユーリは続ける。



「でも、もう諦めてあげられないんだよシンシア。」



 また強く風が吹いて、また、シンシアの髪が揺れる。



「自分の気持ちに気づいた時、シンシアは王子の婚約者だった。その時の絶望感はもう2度と味わいたくない。シンシアが自分のことを好きになってくれなくていいから、もう他の誰かのものになってほしくないんだ。シンシアの面倒くさがりなところ、それなのに妃教育も含めて自分の責務をまっとうするところ、僕にだけ笑顔を見せてくれるところ、おしゃべりなところ、挙げたらキリがないくらいだよ。」



ユーリはシンシアの髪を再び耳にかける。


「もう、はい以外の返事は聞けないんだよシンシア」


ごめんね、と困ったような顔でユーリは笑う。


(ユーリ…、そんな顔しないで。ユーリには笑顔が似合うんだから。わたしも、言わなくちゃ、ちゃんと自分の気持ち)


 シンシアは決意を固めてユーリに向き直り、ゆっくり、薄紅色の唇を開いた。



「謝らないで、わたしも、…わたしもユーリが好きだから」



顔はまだまだ赤い。


「わたしも、ずっとユーリが好きだった。わたしには婚約者がいるし、ユーリは妖精の使い手だし、かっこいいし、優しいし、頼れるし、みんなに人気があるから、絶対叶わないって思ってた」


一度話し始めれば言葉は思いの外すらすらと出てきた。


「ただ、今は、わたし、婚約破棄とか国外追放とか、そんなことを言われちゃう人間で、ユーリに相応しくなくて、いいのかなって、不安なの…」


自分で言って、断られるところを想像して悲しくなり、シンシアの目には涙が浮かんだ。

 ユーリは一度握っていた手を離した。そしてシンシアの涙を拭い、シンシアの頬を両手で包み込んで、今日1番の太陽のような笑顔で笑った。



「そんなの全く関係ないよ。シンシア大好き!」



その瞬間、空から花という花が舞い、淡い光の粒が降り注ぎ、虹がかかり、昼間にもかかわらず大量の流れ星が流れた。


「わあ!」


「妖精たちも喜んでるみたい」


驚くシンシアににっこりと笑うユーリ。


「これからもずっと、僕の前でだけたくさんお話しして、たくさん笑顔を見せてね。面倒なことは僕が引き受けるよ」


「わたしだってやればできるの!面倒ごとは嫌いだしあんまり人前で笑ったり離したりするのは苦手だけど…、でもユーリの隣に立つのに相応しい人間になるよう努力するね」


シンシアも微笑み返す。


 妖精たちの祝福を受け、シンシアとユーリは結ばれた。





その後


 両思いという事実にいても経ってもいられなくなったユーリが妖精の力を借りて、シンシアの家へ直行。すぐにシンシアの両親に結婚の直談判をした。

 シンシアの両親は、もともとユーリのことを大変好ましく思っていたため、結婚に大賛成。1年間の婚約期間を設けること、という条件のもと、婚約が成立した。

 ユーリの家のダンデ家も、結婚には大賛成。シンシアを好ましく思っていたし、何よりユーリの片思いを知っていたために、ユーリの気持ちが実ったことを大変に喜んだ。


 そしてきっかり一年後に入籍した。


 ちなみに第一王子のシオンは王位継承権剥奪とともに離宮へ住まいを移し、慈善活動を行うこととなった。王位継承権は第二王子へ引き継がれた。

 アンリは嘘をついたことや、不貞行為を働いた責任を取ることとなり修道院へ送られた。妖精の力で一時的に喋れなくなったものの、それでは今後の生活ができないし、人は反省し変わることができる、という考えを大切にしているシード陛下の方針で、今では普通の健康体らしい。


 

 シンシアとユーリの2人は、


「昨日のダンデご夫妻ご覧になった?」

「もちろんよ!」

「あいかわらずシンシア様は神秘的でお美しいわ〜!」

「ちょっとクールなところも素敵なのよね!」

「そうそう、それでいて、ドレスがほつれていたのをこっそり教えくれて、ささっとお直しをしてくださったり、お優しいのよ!」


「夫のユーリ様も素敵よね!」

「この前は東区の土砂崩れを妖精様の力を使って防いでくれたんですって!」

「まあ!さすがかっこいいわ!」「でもお顔はかわいらしいのよ!」「いいえ、お顔もかっこいいわ!」「いやいや…」


「どちらにしても、お二人が揃うと本当に華やかよ」

「わかるわ、シンシア様はユーリ様の前だとよくお笑いになるし」

「ユーリ様もシンシア様の前だとより笑顔をお見せになりますわ」


「「「「太陽と月の妖精様、相思相愛よね〜!!!」」」」



 社交界でこんな噂話が持ち上がるくらいには、夫婦円満に暮らしたようです。





王道婚約破棄ものに挑戦してみましたが、難しかったです。

楽しんでいただけたら幸いてます。



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