食事を奢ってもらう時は要注意
「何でも注文していいわよ、とは言ったけどさー……」
リベルは、空になった皿の山を見て、呆れた口調で言った。
皿山の向こうでは、一心不乱に食事を口に掻き込む異世界人の姿がある。
もう既に胃袋に入りきる量を裕に超えているであろうに、男の食欲は止まらない。
どうやらよほど空腹だったのか、それとも、この店の食事がよほどお気に召したのか、先程から延々と注文と食事を繰り返している。
間違えて召喚した上に元居た世界へも戻せない、更には、助けてもらったのに誤解して殴ってしまったことも含めて、お詫びのつもりで食事を奢ってあげようとしたのだが、それらを加味しても頼みすぎだ。
多少の責任を感じて我慢していたリベルだったが、男の図々しさに段々と腹が立ってきていた。
男が更に再び注文をしようと手を挙げたのを見て、リベルは、両手でテーブルの上を激しく叩いた。
「ちょっといい加減にしなさいよっ。
もっと遠慮しなさいよねっ!!
私のお金なのよ?!」
男は、ぴたりと固まってリベルを見たが、店員が注文を聞きに来ると、構うことなくメニューを指さして追加注文をした。
言葉が通じないので致し方ないとは言え、動じない男の態度に、ついにリベルの堪忍袋の緒が切れた。
(こうなったら……見てなさいよ)
可愛らしい顔でにやりとほくそ笑むと、皿山の影に隠れて、店員を呼びつける。
その耳に何やらこそこそ内緒話をすると、店員は、思案顔でちょっと待つようにリベルへ伝えて、店の奥へと入って行った。
少しして、再び戻って来た店員がリベルに晴れやかな顔で頷いて見せると、リベルは、満足そうに微笑んだ。
しばらくして、男がようやく食事に満足し、膨れた太鼓腹をさすりながら、向かいの席に座っていたリベルに目をやると、そこに彼女の姿はない。
あれ?と男が首を傾げた時、男の肩をぽんと叩く人がいる。
何かと思い振り返ると、この店のオーナーがにっこり笑顔で男を見ていた。
肩に乗せた手が”離さないぞ”と言っている。
「じゃ、皿洗い、宜しく頼むね」
『え? なに何? ……ああ、めちゃくちゃ美味しかったよ。
いやー異世界の食事って何食べさせられるんだろうって不安だったけどさ、
正直、こんなに美味いとは思わなかったよ。
……ってか、それより、俺と一緒に居た金髪の女の子、どこに行ったか知らない?』
「厨房は、こっちね」
『ああ、そっちに行ったのか。
……え、連れて行ってくれるの? 悪いなぁ』
言葉が通じないので、ジェスチャーだけで絶妙に噛み合ったまま会話が進んで行く。
男は、手首を店長に掴まれたまま、厨房へと案内されるまで、事の次第に気が付かなかった。
* * *
その夜、リベルが宿屋のベッドの上で寛いでいると、ほとほとと部屋の扉を叩く者がいる。
そろそろかな、と思っていた頃合いだったので、ベッドから降りずに口だけで返事をする。
「はぁーい。鍵かけてないから、入っていいわよ」
言ってから、相手に言葉が通じないことを思い出したが、どうやら何かしら返答があったことで理解はしたらしい。
扉を開いて入って来たのは、疲れ切った顔をした異世界人だった。
『…………俺を、売ったな……』
「あ、お帰りー。意外と早かったわね。
店長ってば、もっとこき使って良いって言っておいたのにぃ」
『お、俺は、あれからずっっと一日中、皿洗いをさせられていたんだぞっ!!』
「まぁ、自分の食い扶持くらいは稼いでもらわないとねー。
いい社会勉強になったでしょ」
リベルがにっこり笑顔を返すと、男は、少し顔を赤くして俯いた。
長い前髪が目元を隠してしまってはいるが、どうやら女性にあまり免疫がないらしい。
「じゃ、私は、もう寝るから。
あんたは、そこの中で寝てね」
リベルが指差した先を男が視線で追い、訝し気な表情を浮かべる。
先程から男も、部屋に入ってからすぐ、その異質な存在に気が付いていた。
そこにあったのは、四方を黒い鉄格子で覆われた四角い小さな檻だった。
檻の中には、男が今朝まで包まっていた毛布が敷かれている。
それを見て、男は、リベルが言わんとしていることに気付いたようで、信じられないものを見る目でリベルを見返した。
「だってぇー、寝てる間に変なことされたら絶対に嫌だもの」
『お、俺は、猛獣なんかじゃないぞ!!
断じて、こんな檻の中でなんか……』
男が最後まで言い切る前に、背後から白い大きな影が姿を現す。
クファールだ。
そのお尻から生えている白い蛇の頭が男に向かって威嚇するように口を開けた。
『ひぃ~! わ、分かったよ、分かった!
中に入れば良いんだろ!』
男は、追い立てられるように自ら檻の中へと入った。
クファールが鼻先で檻の戸を閉めると、蛇の一匹が口に鍵を咥えたまま器用に鍵を閉めた。
リベルが口を手で抑えながら欠伸をする。
「……明日は、早く起こすからね。
じゃ、お休み~」
そう言うと、リベルは、サイドテーブルに置いてあったランプの明かりを消し、眠りについた。
男は、暗がりの中、諦めて毛布にくるむと横になる。
久しぶりの労働に身体はくたくただった。目を閉じればすぐに眠ってしまうだろう。
夕飯を食べ損ねた所為で空腹を感じていたが、もう二度と食事を奢らせまいと心に誓うのだった。