ドキドキ☆の共同生活♡(2)
帰りのホームルームを終え、オレはそっこーで家に帰宅した。
昨日言っていたとおり、コタツを出すっていうのもあるし、アトロの部屋を掃除して使えるようにしなければいけなかったからだ。
別に明日からの土日を使えばいいのだが、オレの性格上、できることは早く済ませておきたい。
そういうわけで、お掃除タイムの始まりだ。
「おい、時光。私はお前の部屋でゴロゴロとせんべいを食べていてもいいか?」
「バカ! アトロも手伝えよ! 猫の手でも借りたいんだから!」
「お前が借りようとしているのは神の手だぞ」
「あっ、確かに」
そういわれてみれば、アトロって神さまなんだよな。
神さまっぽいことなんて全然してないから、どちらかというと幽霊とかそっちのような気がしていたわ。
「時光、今失礼なこと考えたろ?」
「ギクッ! い、いや?」
なんて鋭いやつだ。
アトロは仕方ないと肩を下ろし、オレに問うてきた。
「それで、私は何をすればいいんだ?」
「まずは押入れからコタツを出そうかな。アトロはその手伝いをして」
「コ、コタツ? なんだそれは」
「まぁ、まぁ。後々、コタツのことが大好きになるよ」
「わ、わけが分からん……」
オレたちはとりあえず、リビングの押入れの前に立った。
「この中に入っているのか?」
「おうよ。それじゃああけるぜー」
ガラッと、押入れの扉をひいた。
すると、ドバアアアアアアッと真っ白な波がオレたちの視界を覆い、
「ぐわああああああああああああああああッ!」
「アトロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおっ!」
アトロがそのビッグウエーブに飲み込まれてしまった。
もふもふするそれの正体は、押入れにつっこまれていた布団の山だ。
「大丈夫か、アトロ!」
オレは必死になって布団の山をかきわけ、埋まってしまったアトロを見つける。
彼女は口の端をピクピクとさせて、
「ハ、ハハ。私としたことが、まったく反応できないとは……ハハ」
めちゃめちゃビビってた。
かわゆす。萌え萌え……じゃなくてっ!
オレはアトロの頭をなでてやって、
「す、すまん。ちゃんと整理しておけばよかった」
「ハ、ハハ…………」
慰めようとしたが、心の傷は大きそうだ。
少しばかり時間を取ったあと、オレとアトロはコタツを発見し、リビングにセットした。
「これはなかなか気持ちよさそうだが、お前がいうほどのものなのか……?」
「まぁ楽しみにしてろって。すげーからさ」
「ふむぅ……」
コタツも無事に出し終え、次に空き部屋の掃除にとりかかった。
二階の空き部屋は特に何かあるというわけでもないのだが、とにかくほこりがすごい。
ほこりさえ掃除してしまえば、すぐにこの部屋を使うことができる。
「げほげほっ。それにしてもエグイな。マスクつけないと体調崩すぞ」
「これは、身体に障るな……」
溜まりに溜まったほこりが舞い上がる。
オレとアトロは、ほうきやぞうきん、掃除機などを自在に駆使して、せっせと部屋をピカピカにしていった。
一時間も掃除したら、まるで新築の部屋のように綺麗になった。
「ほぉ……これは住み心地がよさそうだな」
神さまであるアトロからも高評価だ。
いやぁ、掃除っていいもんだな。
「うっし、それじゃあここに布団でも敷くか」
「私としてはベッドや家具が欲しいのだが?」
「……え? 神さまでもそういうのいるの?」
「当たり前だ! 神であろうがなんであろうが、快適な場所は必要なんだ」
「そ、そうっすか。んじゃ、明日にでも買いに行こうぜ。うちに余ってる家具とかないし」
「よいぞ時光! それと本や和菓子、漫画もいる! アニメもなかなか面白いからな」
「はいはい、わかりましたよっ!」
せっかく節約してお金を貯めてきたのに、努力が無駄の泡になりそうだ……。
……いやでも、そんなに悪い気はしないかもな。
「そんじゃ、布団を持ってきますか」
「……もしかして、もう一度押入れの扉を開けるのか……?」
ついさっき刻み込まれたトラウマを思い出し、小刻みに震えるアトロ。
「大丈夫だって。オレがちゃんと直しておいたから」
「ほ、ほんとうだろうな……?」
「おう」
震える子羊ちゃんを安心させるために、笑顔で答えてやった。
アトロはどうにか落ち着けたようで、一階への道をたどり始める。
階段を降りてリビングへ。
再びオレたちは、押入れの前に立った。
「あ、あわあわあわ……っ」
「心配すんな、アトロ。しっかり直したんだから(ガチャ)」
ドバアアアアアアアアアッ!
「うそつきィィィィィわァァァァァァァァァァ……ッ!!」
「アトロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
彼女はまたもや、あっという間に白い塊に埋もれてしまった。
ピクピク震えるアトロをを救出しながら、ふと思う。
時を止めて、助けてやればよかった。
こういうときは、なぜだか使うことを忘れっちまうんだよな。
彼女の胴体をつかみ、スポッと布団から抜いてやる。
「私をいじめて楽しいのか、時光……」
「ほんとごめん! まさか倒れてくるとは思わなくて……」
「……うっ、うう……」
アトロが涙を浮かべ、今にも大泣きしそうな表情になる。
ま、まずいっ!
オレはすぐさま頭をなでてやり、どうにか機嫌を取り戻そうと試みた。
「マジでごめんな、アトロ。明日、せんべい十枚と大福三個買ってやるから許してくれ」
「……や…………」
「じゃ、じゃあせんべい二十枚と大福五個だ!」
「……まいと、……じゅ……っこ」
「え……?」
「せんべい三十枚と大福十個じゃなきゃ、や……」
「う、うそだろ……?」
そんなに食ったら病気になるぞ……?
オレが首を縦に振らなかったせいか、アトロは再び瞳をうるうるとさせ、
「せんべい五十枚と大福二十個じゃなきゃ、やなの!」
「増えてんじゃねぇか!」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅぅうっ!」
ダメだ、このままいっても埒が明かない。
今回はオレに非があるから……仕方ねえ!
「じゃあ買ってやるよ! ただし今回だけだからな!」
「やったぁぁ! わーい!」
オレのたった一言で、一転してアトロの機嫌が直る。
なんて単純なやつなんだ……。
「……私、なんだか眠たくなってきちゃった……」
「は?」
うつろな瞳でオレを見上げてくるアトロ。
そのままオレの胸に手を触れ、
「おやすみ」
「お、おい!」
ふわあっと青白い優しい光が出たと思ったら、アトロの姿が消えてしまった。
オレと一体化したんだ。
目を閉じると、真っ暗闇の中でポツリとアトロが眠っている。
「まったく……」
オレはしぶしぶ布団を抱きかかえて、二階のアトロの部屋へと向かった。
綺麗にクリーニングし、丁寧に敷いてやる。
「ふう……これでひとまず終わりかな?」
ドサッと床に座り込み、一息ついた。
長かった掃除も、これで終わりだ。
明日はアトロの部屋づくりをしなければならないのだが、まぁそれは明日の話。
「さて、お風呂にでも入って、さっぱりしますかな」
お腹も減ったが、それ以上に汚れていて気持ち悪い。
ふふんっ♪と口笛を吹きながら、風呂へと向かう。
アトロもほこりまみれだろうから、あとで起こして入らせるとするか。
「お風呂に突入~!」
衣類を脱ぎ捨て、浴室に入り、シャワーを浴びる。
シャンプー、リンス、石鹸を使い分け、身体の隅から隅まで汚れを落とした。
「お部屋のお掃除は、身体を洗うまでがお掃除ってね~♪」
遠足は帰るまでが遠足って考え方に似た、わけのわからない持論を軽く口ずさむ。
お風呂に入っていると、心まで洗われてる気がするよな。
汚れを流し終えた後、ちゃぽんっと湯船に身体を沈める。
「くうぅぅぅう、これこれ! この感覚よォ……ッ!」
ビクウッと、身体中に電撃が流れたような感覚を味わう。
身体の芯から冷えちゃう冬は、こうなるよなー。
めっちゃ気持ちいいぜ。
「はぁぁ……極楽極楽」
ポカポカのお湯がオレの冷え切った身体を温めてくれる。
一番風呂をもらってしまって、アトロには申し訳ない。
「……アトロかぁ」
今はオレの心で寝ちゃってるアイツ、すごい可愛いんだよな。
普段はすごい上から目線な態度なんだけど、さっきみたいに、急にわがままな妹みたいな言動を起こしてさ。
正直、ドストライクなんだよなぁ……。
「一緒にお風呂……」
ふと、そんな素晴らし――よこしまな考えが頭をよぎった。
いやいや、心の底からしたいとは思うけどさ、さすがにダメだろ。
オレにだってやっていい事と悪い事の区別はつく。
「……っていうか、もう一緒に入ってるけどな」
今は一心同体になってるんだから、一緒に入ってるで間違いない。
……けど、そういうことじゃないんだよなぁ。
はぁっとこうべをたらして、ため息をつく。
水面に、オレの顔が映った。
片目が青くなっている。
隻眼、か。
すごいかっこいいんだけど、いざなってみると、すぐに慣れる。
それどころか、みんなから隠すのに大変だ。
漫画で描かれている憧れの力を手に入れたとしても、決していいことばかりじゃないんだよな。
「……よっ!」
バシャッっと水をすくいあげて、空中に巻き上げる。
「時は静止する」
あらゆる音は濁り、光は奇妙に歪む。
すぐにいつもの世界が戻ってきた。
――時は、止まる。
ただ一つ違うのは、空中に浮いている水玉。
雨の景色を写真でパシャリと収めたかのような、風景。
細かな水玉がひとつひとつ、宝石のように透き通っていて綺麗だ。
一秒経過。
――時は再び、動き出す。
ぴちゃぴちゃっと、水たまりに落ちる雨のような音とともに、滴が湯船に落ちていく。
それを見届けて、オレは自分の手を見つめた。
「オレが世界を救う……か」
大仰なセリフかもしれないが、実際そういうことになるんだ。
水面に映る、青い瞳を見て思う。
オレはアトロと、運命を共にすることになる。
家族のように、何をするのも一緒。
死ぬときも、きっと同じ。
「……なんて人生だ」
いつからオレの常識は、これほどまでに日常からかけ離れていったんだろう。
「…………」
パシャっと顔にお湯をかける。
そんなこと考えていても、時間の無駄だ。
一分一秒大切にしなければ、今を生きられない。
「……よし、風呂からあがるか」
そう思って立ち上がった時、ふと違和感を覚えた。
胸のあたりが、異様に重いのだ。
おかしいなと思い、自分の胸を見下ろす。
――なんか、可愛らしい手が胸から生えてた。
それは徐々に伸びていき、ついにはワンピースが現れ始める。
「おいおい、おいおい……っ!」
オレの憶測が現実となり、ワンピースを着たアトロがオレの身体から出てきて、ポチャンと湯船に沈んだ。
「ブクブク……ぷはっ! い、いったい何事だ!?」
「…………アトロさん?」
「なんだ、時光……か……」
目を覚ましたアトロは、オレの姿を見るや否や言葉を失った。
それから、顔を真っ赤っかにして叫ぶ。
「時光っ! お、お前っ! なんて格好してるんだよ!」
「アトロこそ! ワンピースがずぶぬれでめちゃくちゃ透けてる、ぞ……」
今度はオレが言葉を失った。
不審に思ったアトロが顔を覆いながら尋ねてくる。
「ど、どうした、時光?」
「……お、お前ってさ……ゾウさんのパンツはいてたよな……?」
「それを口にするんじゃないっ!」
「い、いや、それでさ……お前、今もはいてるんだよな……?」
「な、なにを言ってる! もちろんはい、て……」
さっきから言葉を失い続けるオレたち。
無理もない。
ずぶ濡れになったワンピースはスケスケになり、アトロの素肌が服越しに透けているわけなんだ……そんでもって。
「気のせいかもしれないが、お前、女の子のスジがくっきり――」
「それ以上口にするなァァァァァァァァァァァァァっ!」
「げばぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
アトロの可愛らしい足から繰り出されるハイキックをまともにくらい、オレは意識を失った。
真っ暗な瞳の裏に、ポツンとゾウさんパンツが置かれてあったことは、言うまでもない。