時を止める者の非日常(4)
場所は再びリビング。オレとアトロポスはさっきと同じように対面して座っていた。
「アトロポスが神さまっていうのには、納得したよ」
「おう。それは何よりだ」
「それで、どうしてオレのもとに神さまが現れたんだ?」
アトロポスを神さまと認めると、次に生じてくる疑問がこれだ。
神さまがこの世界に降りてくるなんて、相当なことなんじゃないのか?
オレの疑問に、アトロポスが待ってましたとばかりに食いつく。
「そうだな。神が下界に降りてくるなんてありえない。だが、そうも言ってられない状況が起こっているんだ」
「な、なにが?」
「『永遠の命』を持つ者が、現れた」
「……は?」
突拍子もない発言に、オレの思考は止まった。
けれどアトロポスは、続けて説明を行う。
「この世界に『永遠の命』を持つ者が存在してはならない。それは神の世界でも同じだ。だからこそ、我々はそいつを消滅しなきゃいけない」
「な、なに言って……」
「このままでは世界は狂ってしまい、いずれは崩壊するだろう」
いきなりファンタジーやライトノベルみたいなことを言われてしまい、オレの頭は全然追いつけない。
あくまでここは現実なんだ。
そんな話なんてありえない。
――なんてどこかの物語の主人公ならそう苦悩するんだろうが、オレは違う。
オレ自身が、時を止めるなんていう非現実的な現象を起こしているからだ。
信じられない話ではあったが、オレは徐々に事情を飲み込んでいった。
「今この世界で大変なことが起こりかけているのは分かった」
「うむ。ならいい」
「だけど、どうしてオレのところに来たんだよ?」
『時止め』は使えるけど、それ以外は普通の高校生だ。
世界を救う勇者なんかじゃない。
「そうだな。一言で言うと貴様の『時止め』の力を借りたい」
「頑張っても三秒しか止められないのに?」
「時が止まっていればそれでいい」
アトロポスの言葉をすぐには理解できなかった。
彼女は続けて、
「『永遠の命』を消すためには、時が止まった状態で殺すしかない」
「……ということは」
「そう。貴様が時を止めている間に、私がヤツを殺す」
「……そういうことなのか」
つまり、話をまとめるとこうだ。
『永遠の命』を持つ者が出現して、この世界が崩壊しそうになっている。
そいつを消すためには、オレが時を止めている間に殺すしかない。
なるほど……。
「どうだ? これで状況が分かっただろ?」
「あぁ」
「そういうことだ。これからよろしく頼むぞ、人間」
「やだね」
「なにっ!? なぜだ!?」
オレの素直な返答に、動揺を隠せないアトロポス。
彼女に追い打ちをかけるように、オレは拒絶の理由をポンポン並べていく。
「オレはそんなバトル漫画みたいな戦いに参加したくない! だって超恐いもん! 下手したら死ぬやつだろ!?」
「当たり前だ! 敵はかなり手強い」
「ほらぁ、もおぉぉぉぉ! 絶対やだよ! オレ死にたくないもんッ!」
「この腰抜けが……ッ! 貴様はことの重大さが分かっていないようだな!」
「いやさ、別にオレじゃなくても時を止められる人間なんて他にもいるんじゃないの?」
「そ、それは分からないが……っ」
「だったらさ、そいつらに頼んでよ。世界中飛び回ったらきっと見つかるって」
「…………ここじゃないとダメなのだ」
「え?」
急に弱々しくなったアトロポスの声色に、違和感を覚えた。
勘は見事に的中し、彼女は、ひっぐと、嗚咽が混じった鳴き声で、
「……ようやっと見つけたんだもんっ! ここ、京都でっ! なのに……っ! そんな言い方はないじゃんっ!」
「ア、アトロポス……さん?」
「ふーんだっ! アンタのことなんてもう知らないんだからっ! 今から世界中を飛び回って『時止め』を持つ立派な殿方を見つけてやるんだからっ!」
「ご、ごめんってアトロポスっ! オレが悪かったからっ! だから泣き止んでくれよ、な?」
「うっ、うっ、ひっぐ……じゃあ、私と一緒に戦ってくれる……?」
「うぐっ……!?」
涙を瞳に浮かべながら上目遣いで見上げてくるワンピースのロリ。
正直もう、ドストライクだった。
オレは湧き上がる衝動を抑えきれず、胸を張って宣言してやる。
「よし、任せろ! このオレ天野時光が、可愛い神さまのためにひと肌脱いでやるっ!」
「ほ、ほんと……?」
「ホントだって! じゃあ、脱ぐぞ~」
「服は脱がないでよ、バカッ!」
「ぼふっ!?」
気持ちを和らげるために冗談でやろうとしたのだが、顔を真っ赤にさせたアトロポスは、ソファにあった枕を投げつけてきて、オレの顔面にヒットさせたのだった。
*
「……ご、ごほんっ。さ、さきほどはひどい醜態を見せてしまったようで申し訳ないな」
「いや、別にそれはいいんだけど……」
いったん落ち着きを取り戻し、オレたちはリビングのテーブルでゆったりとくつろいでいた。
オレはコンビニで買ってきた弁当を、アトロポスは大福を食べている。
「ふぉぉぉぉぉぉおっ! これはなんだ!? ほっぺたが落ちるくらい美味しいぞ!」
「大福だよ。和菓子っていう、日本を代表するお菓子」
「だ、大福か……見た目といい味といい、至高の一品だな。はむっ」
幸せそうに大福を頬張る姿を眺めて、オレも幸せを感じていた。
こんなに温かい気持ちは、久しぶりかもしれない。
「おい、人間! おかわりをくれ!」
「はやいなおい! 待ってろ、今取ってきてやるから」
「うむっ。早急に頼むぞ!」
ついでに食べ終えた弁当の箱も持って、台所へと向かう。
ゴミ袋に空の弁当箱を捨ててから、冷蔵庫にある大福を取り出し、リビングへと戻った。
ほいっと、アトロポスに差し出す。
「よくやったぞ、人間」
「なぁ、アトロポス」
「なんだ、人間」
「その“人間”って呼び方、やめないか? なんか気持ち悪くってさ」
「なら、なんと呼べばいい?」
「えっ、おにいちゃ――」
「――時光でいいか?」
「いや、おに――」
「――時光でいいよな?」
「……はい」
くっ! これから一緒にやっていくんだから、せめておにいちゃんって呼んでくれよ!
それに、名前を知ってたんなら最初からそう呼んでくれ!
「おい、時光」
「なんだ、アトロ」
「…………アトロ?」
「いや、アトロポスじゃ呼びにくいなって」
「神を慣れなれしく……まあ、いいだろう。ところで時光」
「なに?」
「おかわり」
「いくらなんでも早すぎるだろ!? もうねえって!」
どんだけ食うんだこの少女は!
大福はオレのささやかな楽しみだってのに!
オレの心境なんか気にもせず、アトロは次々に要求してくる。
「大福がなければ、さっき私が食べていたものでも構わない」
「さっきって……せんべいのことか? かたくてパリッと食べられる……」
「そう、それだ! それを持ってこい! 私は腹が減っていてな!」
「へいへい……」
オレはため息をつきながらも、どこか嬉しさを感じて、アトロの命令のままに動いた。
彼女は袋をやぶり、バリボリとせんべいを頬張る。
「ふぅむ、これも味わい深いなぁ」
「ほれ、お茶もあるぜ」
スッと、いれたてのお茶をアトロの前に出してやった。
冬のお茶は、最高にうまい。身体の芯から温まる。
彼女はずずっとお茶を飲み、カッと目を見開いた。
「う、うまいっ!」
「だろ?」
「あぁ! お茶とやらはせんべいによく合うな! 旨みが二倍、三倍に増している気がするぞ!」
「ちなみに、大福にも合うぞ」
「い、言われてみれば! 下界というのも、侮れないものだな……パリっ」
あまりの感動に、食べる勢いが増す。
それにしても……。
「……よく食うな。どうしてそんなに腹が減ってるんだ?」
「実体をこの世界に転生させるのにすごいエネルギーを消費したからな。(ズズっ)」
「神さまの世界ってやつから?」
「そう。あっちの世界からこっちに来るのは大変なんだ。お腹がペコペコで死にそうだったぞ。(パリっ)」
「……食べるのか喋るのか、どっちかにしろよ」
「……(パリっ)……(パリっ)……(ズズっ)」
「会話を放棄しやがった!」
夢中になってせんべいとお茶を口にし続ける。
そ、そんなにお腹が減ってたの……?
まぁ、いいか。
アトロが食べている間に、オレは状況を整理していよう。
数十分の間、オレは目をつむりながら考え事にふけっていた。
そして。
「ぷっはぁ。もう食べられない……っ!」
「結局、オレんちのせんべいも全部食べちまったな……」
アトロのエネルギー補給も終わり、ダラーっとした空気が流れる。
こういう時、コタツが欲しいなと思ってしまう。
というか、明日出すか。もう寒いし。
明日は授業の少ない金曜日だし、学校が終わってから出せるなとか思案していると、アトロが声をかけてきた。
「おい、時光」
「ん?」
「私はもう眠い」
「そうだな。もう夜も遅いし、寝るとするか。二階に空き部屋があるけど、ほこりが
すごいだろうし、今日はオレの部屋で寝ろよ。オレはここで寝るから」
「……ん」
「部屋の扉には、オレのネームプレートが書かれているからすぐわかるぞー」
「……ん」
眠そうに目をこするアトロの姿は、まるで可愛い妹のようで、すごくかわいかった。
ゆっくりとした動作で、リビングから出ていく。
お風呂とかはどうするんだろうとか思ったが、まぁ一日くらい大丈夫だろう。
「さて……オレの布団はどうすっかな」
ソファにある毛布だけでもいいか。
電気を消し、毛布をかぶってソファに横になった。
カチカチカチと時計の音が、鮮明に聞こえる。
気持ちの良い毛布やソファに包まれているのに、何か物足りない。
少しばかり考えると、すぐに原因が思い当たった。
「そういえば、ぬいぐるみがないのか……」
お恥ずかしながら、オレの部屋はマスコットキャラクターのぬいぐるみなんかで埋め尽くされている。もちろん、ベッドにもぎっしりだ。
いつもはそいつらに囲まれながら眠りにつくのだが、今日は違う。
妙な心地が、オレを襲う。
「……あ……っ!」
そこまで考えて、気づいてしまった。
「やべぇぇぇえ! アトロにオレの趣味がバレてしまう!」
ソファからとびだし、オレは二階へと駆けあがる。
ネームプレートのかかった扉をバンっと開けた。
「違うんだアトロ! これは別に、オレに乙女的な思考があるわけ……じゃな……」
最後まで言葉を続けることはなかった。
ベッドで寝ている彼女の姿に、心打たれたからだ。
オレの一番のお気に入り、フクロウのフクちゃんを抱きしめながら、すやすやと気持ちよさそうに夢を見ている。
その様子から、さっきまでの偉そうな態度なんか一つも見当たらない。
可愛いらしい純粋無垢な女の子が一人、気持ちよさそうに眠っている。
「……ふふっ」
オレは静かに扉を閉め、その場から離れた。
その後コンビニへと赴き、『ロリ×ロリ☆』を手に入れてトイレにこもったことは、彼女には秘密である。