時を止める者の非日常(1)
「げっほ。げほげっほ! ……へっくしゅんっ!」
「激しい風邪だな、時光」
「きっとテカテカガチムチのウイルスなんだせ…………」
「そいつはご愁傷さま」
駅のホームでの出来事が無事に解決して、オレはいつものように学校へ登校した。
いやぁ、『時止め』を三秒も使用した後であの鬼のような坂を登るのは、本当に死ぬかと思ったぜ。
教室に着いたときのオレの顔といったら、まぁやばかったからな。
クラスメイトの子に「天野くん、ついに源くんにホられたの?」って心配されたくらいだからな……いや、そいつの頭のねじがとんでるだけだわ、うん。
あっ、ちなみに。源くんっていうのは、今オレが喋ってるやつのことな。
源頼道。小学校の時からの知り合いで、腐れ縁ってやつだ。
ジャーナリスト目指してるとかで、かなりの情報通。
オレがロリコンっていう噂が広まったのも、すべてこいつのせいなんだよ。
……別に、小さい子を可愛いって思ってもいいよな? あっ、ちゃんと二次元の女の子だからな! そこは勘違いすんなよ!
「窓の向こうに可愛い小学生が」
「なんだと……ッ!?」
前言撤回。三次元のロリも可愛いわ……ウエッヘヘ。
「おい、その気持ちの悪い顔をやめろ」
「う、うるせえよ!」
「そして死ね」
「ひどすぎるだろ!?」
な、なんで世間はロリコンに対してこんなふうに風当たりが強いんだ?
恋に歳の差なんて関係ないって、よく言うじゃないか!
ロリコンが何したっていうんだよォォォォォォォォォォォォォォォォッッ!!
「時光、これ見てみろ」
「ん?」
オレを呼びかけ、頼道がスマホを差し出してくる。
画面には、最近起こったある事件の記事が表示されていた。
「えーっと、なになに? 無職の男、女児の下半身を触り現行犯逮捕……?」
「続きも読め」
「……容疑者は梓たんに似た少女だったからつい魔がさしたと供述しており……」
「お前の好きなロリキャラ、梓のことを嫁だと言い張ってたんだとさ」
「おいおいバカ野郎…………ッ!」
「これでお前も分かったろ? ロリコンだけは早く治すべきだ」
「……そのそっくりな女の子、超見てェェェェェェェェェ!」
「えぇぇぇぇ!? お前この記事を読んでおきながらそういうこと言う!?」
「いやだって! 自分の好きなキャラクターに似た女の子がいたら、普通見たくなるだろうが!」
「知らねえよ!」
叫び声をあげたせいで、はあはあと息を切らす頼道。
オレも違った意味でハアハアしています。
「と、とにかくだな! お前のようなロリコンは俺が粛清してやる!」
「やってみろよゴラァ!」
「そして明日からお前はショタコンだ!」
「余計タチ悪くなってんじゃねえか!」
あれほどロリコンをクズ呼ばわりしておきながらショタコンだっただと……ッ!?
クズの次元を超えて、ヘドロだぜ!
ハアハアと、今度は頼道のほうが違う意味で肩を激しく揺らしていた。
このバカ、なんとかしないと!
キンコンカンコーン。
そう思ったところで、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。
「覚えとけよ!」
「こっちのセリフだ!」
各々散らばっていたクラスメイト達は自分の席に着き、頬杖をついたりし始める。
ガラリと教室のドアが開いて、着物を着た少女が入ってきた。
黒いロングヘアーをツインテールにまとめた髪型に、健康的な褐色の肌。黄金色をした瞳は、宝石のトパーズのように深く透き通っている。
「おはようございます、わが主よ!」
教卓にたどり着いた彼女に向かって、オレは元気よく挨拶した。
すると彼女はオレのほうへと向き、にやっと口の端をつり上げる。
不敵な笑みで、
「おはよう、わが忠実な下僕よ」
ゾクゾクゾクッと、オレの背筋に電撃が走った。
いやぁ、この感触がたまらないんだよなぁ……ッ!
快感に身を震わすオレをよそ目に、頼道が声をあげる。
「鳳センセー。こんなバカは放っておいて、はやくホームルームを始めてくださーい」
「はいはーい! それじゃあ、始めますよー!」
「あぁ……毎日の楽しみが……ッ!」
先ほどとは打って変わり、担任の先生、鳳時音センセーが素に戻って、小学生のような言動でホームルームを始めた。
さっきのやりとりは、このクラスではもはや日常となった『センセーと天野の危ない関係』という、朝の茶番劇だ。
小さな先生は、教卓から顔が出ているのか疑わし位置で、小学生の作文発表のように連絡事項を述べていく。
かわゆす。萌え萌え。
「そういうわけで、来週の月曜日に転校生が来るのでよろしくねー!」
「「イェェェェェェエッッ!!」」
クラスの野郎どもの声が……いや雄叫びが、教室中に轟く。
どうやら来週、このクラスに転校生が来るらしい。しかも、女の子だというのだ。
どおりで、野郎どものテンションが高いわけである。
ロリコンのオレとショタコンの頼道は白けた悟り顔。
転校生? はんっ、どうせババアじゃねーか。
「これで連絡は終わり……あっ、それとですね。さっき入ってきた情報なんですけど」
不意に思い出したようで、鳳先生はポンッと手を叩いた。
かわゆす。萌え萌え。
「今朝のことなんですが、黄檗駅で自殺未遂があったそうです」
ざわざわしていた喧騒が、ぴたりと止む。
先生は変わらぬ口調で続けた。
「今回は奇跡的に未遂で終わったらしいですが、もしかすると一つの命が失われていたかもしれません」
あえていつも通りの口調にしてくれたことで、オレたちは先生の目をみて話を聞くことができた。
「みなさんも、悩みを抱えているはずです。自分一人で解決できないくらい大きくなってしまう前に、私たち大人に頼ってください。絶対、大丈夫です」
「「はい」」
先生の真摯な瞳に、生徒たちが素直に頷く。
さすが、オレの主だ。
キンコンカンコーンと、ホームルームの終わりをチャイムが教えてくる。
「はい、ではホームルームはおしまいです! みんな、今日もがんばろーね!」
鳳先生が教室から出ていき、ガヤガヤとそこら中から再び声が聞こえだす。
「自殺未遂だって! こわいね」
「聞いた話だと、なんか不思議なことが起こったらしいよ」
「知ってる! 女の子が線路に落ちたと思ったら、次の瞬間ホームで座り込んでたとか!」
「まるで、私たちの知らない間に何かが起こったみたいだったってさ!」
自殺未遂の話題で教室は大盛り上がりだ。
いや、もっと細かいことをいうと、不可思議現象に興味津々なんだよな。
「……はぁ」
今朝のことを思い出して、思わずため息をもらした。
あの少女を助けたのは、間違いなくオレだ。
不思議な現象の原因も、オレにある。
……『私たちの知らない間に何かが起こった』ね。
とんでもなく的を得た発言だよな、まったく。
オレは自分の手をなんとなく見やって、グッパッと握ったり開いたりしてみせた。
時を止められるようになったのは、いつからだっけ。
ふと、そんな疑問が浮かびあがる。
本当に些細な出来事だったと思う。
――オレはある日、世界の時を止めた。
別に、比喩なんかじゃない。
物理的に時間を止めたんだ。
最初は何もわからなかったけど、徐々に、この力とも呼んでいいのかわからないものを理解していった。
一秒。
負担なく、時を止められる長さだ。
二秒。
心臓が握りしめられるような苦しさを伴う。
三秒。
これが一日のうちに止められる時間の限界。
もしもそれ以上、時を止めようとすると。
たぶん、死ぬ。
ちなみに、一日に止められる総時間が三秒だから、一秒を三回使うことができるし、逆に言えば、一回で三秒使うこともできる。
ただし、繰り返しになってしまうが、合計で三秒を超えると死が待っている。
今朝の騒動で、三秒の時を止めた。今日はもう、この能力を使えない。
「時を止める……ね」
憧れのような力ではあるんだけど、実際使ってみるとそうでもない。
一秒時を止めても、何もできない。かといって三秒時を止めようとすると、負担が大きすぎて死にそうになる。
だから結局、夢のような力というワケでもないんだ。
ただ……いざというときになると役に立つ。
今日みたいに、誰かの命を救うことだってできる。
オレは、この力には感謝しているんだ。
「お前の封印されし力が覚醒したのか?」
「ッ!?」
突然誰から指摘され、オレは思いっきり振り返った。
そこにはいたのは、オレの悪友、頼道だ。
彼はニヤニヤと、大笑いしたい気持ちをを殺しながら、
「その手に宿りし神の力が――――ぶふっ、め、目覚めたのかっ?」
「えっ? あっ、あぁ……そういうことか」
二度言われてようやっと気づけた。
自分の手をまじまじと眺めるオレの姿は、周りから見ると中二病全開だということに。
…………はあ。
オレは仕方なく、大振りしながら勢いよく立ち上がった。
「ふははははっ! よくぞ見抜いたな、我が因縁のライバルよ! そう! 私は千年戦争を引き起こした張本人、永き眠りから目覚めた古の王なのだ!」
「な、なんだと……ッ!?」
「ま、まさかっ!」
「わが下僕よ、そうであったのか!」
クラス中の視線が集まり、どこからともなくノリに乗り始めるクラスメイト達。
さらには、次の授業の担当である鳳先生までもが参加している。
こいつは盛り上がってきたぜ……ッ!
調子に乗ったオレは、さらに激しく古の王を演じる。
「くくっ、気づくのが遅いのだ無能な人間たちよ。そう、もう手遅れなのだ! すでに我が力は完全に覚醒しつつある。クハハッ、楽しみにしているがいい! 我が最終奥義、真・滅流の裁――キーンコーンカンコーン」
「さてみんなー、席についてー。授業始めるですよー」
「「はーい」」
「………………」
片手を突き出し、真・滅流の裁き(バースト)を出そうとする体勢で静止するオレの姿を、誰一人として注目することはなかった。