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三秒の魔術師と破創の神さま  作者: 空超未来一
第1部 - 第0章 止まった時間
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時を止める者の日常

 一秒。

 それだけの時間があれば、世界はいったいどれくらい変容するんだろうな?

 一秒あれば。

 オリンピックで活躍する陸上選手は、人類史上初の誉れを授かることができる。

 一秒あれば。

 授業の始まりを告げるチャイムを廊下で聞くこともないのかもしれない。

 そう。

 一秒さえあれば、未来というものはガラリと姿を変えてしまうんだ。

 アンタは一秒を、どう使う?

 オレは――――――


 *


 優しく包み込まれるような、真っ白い冬。

 だけど、混じりけのない純粋な雰囲気は、駅のホームから漂う、げんなりした負のオーラで濁ってしまっている。

 スマホをいじいる学生、汚い地面を見つめ続けるふけたサラリーマン。

 彼らは皆、決まって下をうつむく。

 学校に行きたくないな。勉強なんてめんどくせー。今日もまた上司のストレスのはけ口にされるはずだ、クソ。

 腐りきった世界の縮図が、そこにある。

 ――オレ、天野時光あまのときみつもその一人だ。

 毎日出される課題は嫌になるほど積もっていくし、きつい坂の上にある高校に毎日ハアハア息をあげながら登校しなきゃいけないし。

 正直、大変なんてもんじゃない。

 だからといって、悪いことばかりでもないはずだ。

 学校に行ったら十人十色のクラスメイトたちが話かけてくれるし、数学の難問が解けた時なんか、なんて気持ちいいんだって思う。

 楽しいことは、何も学校だけにあるわけじゃないさ。

 学校の近くにある大きなショッピングセンターには、キラキラと輝くゲーセンがある。オレの大好物、音ゲーも完備されている。

 リズムに合わせてボタンを激しく連打するだけの作業?

 いいや、それは違うね。

 曲のテンポに合わせながら手足を動かすんだ。音楽と一体化しているようでたまらない。

 そういえば、今日は新曲が解禁されるんだっけ?

 よし、学校の帰りしなに心ゆくまでやるとするか!

 ふふんっ♪と、オレは軽快な口笛を吹き始める。

 『まもなく、電車が参ります』と、無機質な音声が頭の上で流れた。遠くから、地響きが聞こえる。

すぐに電車がやってくる。

 そこで、オレの視界の隅で妙な動きがあった。

 あってはならないはずの、異質な行動。

 脳が大音量のアラームを鳴らしている。

 バッと、そちらに目を向けた。

 制服を着た少女が、迫りくる電車を無視した形で線路に飛び込もうとして――

 

 ――自殺を、図った。

 

 下をうつむいていた人々が彼女に注意をむける。

 ある者は目を大きく見開き、ある者は顔を手で覆う。

 他にも、スマホを取り出す者がいれば、にやにやと口をゆがめるヤツもいる。

 プオーンッっと電車が悲鳴をあげる。

 彼女の命が尽きるまで、残り一秒。

 オレは迷わず、一歩踏み出していた。

 彼女のもとまで、一秒。

 間に合うはずもない。

 誰かが叫び声をあげる――直前に、


「――クロは静止する(ック)」


 オレの口から、魔法の言葉が放たれた。

 

 ――瞬間。

 

 ブォンっと鈍い音が生じた後、オレを中心として、波紋のごとく世界が歪んでいく。

 まるで水面に水滴がこぼれたように、光は波を作り奇妙に屈折する。

 しかしながら、それは一瞬のことで、いつもの世界はすぐに戻ってきた。

 ただ一つ。

 生き物という生き物、風という風、『動き』を持つ万物はすべて静止している。

 世界が、眠ってしまったかのようだ。



 ――時は、止まる。



 生きとし生けるものは存在しない、まさに死んだ世界の中で、オレは自殺少女を助けるために足を止めず、彼女のもとへと駆け出す。

 時が止まっている世界で、一秒が経過した。

 ぎゅうっと、心臓をわしずかみにされる感覚に襲われる。

 けれどもオレは、ひるまず前へと突き進む。

 足場のない空中へと一歩踏み出している少女のもとにたどり着いた。

 二秒経過。

心臓が悲鳴をあげている。

 オレは自殺少女の腕をつかみ、グッと引っ張った。

 彼女の身体が安定したホームへと流れ落ちる。

 これで大丈夫だ…………うぐッ……!

 口から噴き出そうになる鉄臭い何かを必死に抑え、誰もいない陰へと身を隠した。

 三秒経過。



 ――時は再び、動き出す。



 プオォォォォォォォンッ! ガタンゴトンッガタンゴトンッ!

「――え? あれっ?」

 自殺少女は自分の身に何が起こったのか分からず、キョロキョロあたりを見回した。

 彼女の行動を見ていた人々も、状況に追いつけず混乱している。

 静まりかえっていた場に、ざわざわと騒がしい雑音が生じ始めた。

「お、お前……北川か……?」

 固まっていた群衆の中から、一人の中年の男が出てくる。

 それを見た自殺少女は、ポロッと瞳から涙をこぼした。

「滝沢せん、せい……っ」

 先生と呼ばれた男も、涙を流している。

「……これで、大丈夫だな……」

 誰からも意識されない柱の陰からその様子を見守っていたオレは、ふうっと安堵の息をこぼした。


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