外伝 もし彩愛が異世界に召喚されたら
その日、いつものように目を覚ますと、そこは石のレンガを敷き詰め、積み上げた見たことのない部屋だった。
「おお!異世界より授かりし聖女よ!どうか我が国を救いたまえ!」
寝た状態から上半身だけを起こした状態で、彩愛は首を傾げた。
目の前には様々な色の、ほぼ顔の見えないフード付きのローブを着た人々と、なんだか中世の欧州のようなドレスやジュストコールを着た人々がいる。
「えっと、私は誘拐されてしまったのでしょうか?」
彩愛としてはその危機は常にあったものの、実際に体験したことのない誘拐に顔には出さないがドキドキしている。
そんな中、ひと際豪奢な服装の男性が彩愛の前に立つ。
彩愛もいつまでも座りっぱなしでは失礼だと立ち上がり、すぐさま手櫛で髪を整え男性に向き合う。
「ああ、なんと可憐で美しい。貴女は我が国の守護神が選んだ聖女様なのです。魔物に侵されたこの国をどうぞ救ってください」
「魔物ですか?申し訳ありません不勉強でわかりかねます」
「魔物とは悪しきもので人に害悪をもたらす存在です」
「そうですか。それでここはどこですか?」
どうも誘拐ではないらしいと気が付き、出来る限りの情報を引き出すことに専念する。
結果、年号も国も地名も神の名もすべて彩愛の知らないものであった。
「困りましたわ」
「おお聖女様!いったい何をお困りになっているのでしょうか!」
いちいち舞台セリフのようにわざとらしい大きさと、話し方だが彩愛は気にせずに頬に手を当ててため息を吐く。
「今日は学園に行かなければなりませんし、お稽古もございます。ああ私が急にいなくなったとすれば周囲が騒ぎ立ててしまいますわね」
「そのようなことお気になさらずに、貴女様はただこの国をお救いくださればいいのです!」
良いわけないのだが、どうにも話が通じそうにない気配を感じて再び溜息を吐いてしまう。
彩愛の勘では、そろそろまずいことになる。
「お話はわかりませんが、取り急ぎ私をもとの世界に帰してくださいませんか?」
「なりません!貴方様はもうこの国の聖女様なのです!それに元に戻す魔法などありません!」
「あら、まあ…」
困った、と彩愛は首をかしげる。
その瞬間、彩愛とほかの人々の間に稲妻のようなものが現れ、そこから古代ギリシャ風の服を着た男性が満身創痍といった格好で現れる。
「まあ…」
その格好に驚きながらも、彩愛は「あらら」とほほに手を置く。
『まったく、我らの愛し子を拐かすなど、万死に値する』
「あまりいじめてはいけませんわ水の神」
『ふん。下位世界の神になど情けをかける必要はない。帰るぞ彩愛』
「はい」
ボロボロになったこの世界の神とやらを必死に起こそうとする人々を後目に、彩愛は水の神に抱きかかえられて元の世界に戻るのだった。
「それにしても、なんで私だったのでしょうか?」
『もちろん彩愛が我らに愛される子だからだ』
「そうなのですか」
あまり答えになっていないのだが、彩愛はその答えで納得することにした。




