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『王花新嘗祭』の開催される中、彩愛は真面目な顔をしながら耳元に聞こえる声に返答をしそうになるのをこらえている。
『花の神も大変じゃのう。あのような痴れ者の面倒をよく見て、我には無理じゃ。それにしても花の神も随分裏話をしたものよの』
史お兄様が祝詞を朗々と読み上げる声に集中するわけにもいかず、彩愛は正面を向いたまま微動だにしない。
『我とて早う彩愛に加護を与えたいのじゃが、水の神や他の神が煩くての。昔であればとうに輿入れしておってもおかしくはないというのに、最近の人間は小煩くて敵わぬ』
それは戦国時代とか、江戸時代の話ではないだろうかと思いつつも、そうか昔であれば結婚しててもお可笑しくない年なのかと考える。
けれどもこの国では昔から7つまでは神の子で、許嫁になることも結納もましてや嫁に出すことは禁じられていたはずとも思う。建前上だけでも。
『彩愛はのう、加護を受けすぎて体と心の成長が緩やかだからのう。我が加護を与えることが出来るのはいつになるのかのう』
衝撃の事実を言われた気がする。
確かに同学年の人と比べても彩愛は小さくとは思っていたし、加護を多く受けていたからとは思わなかった。
『水の神の護りのせいで羊水の中に長くおったしの』
それも初耳だ。
『ああ、祝詞が終わるの』
そう言って声は耳元から離れ祭壇に移動する。
史お兄様の祝詞が終わり、供物が粒子になって消える。
『その感謝の想い確かに受け取った』
今度は全員に聞こえる声に、『王花新嘗祭』の参加者全員が最敬礼を行う。
たっぷり時間をかけてから史お兄様が頭を上げ、祭事の終了を告げる。
年の若い順に祭事の部屋を出るのが習慣になっているため、彩愛達が真っ先に出る。
待機室の椅子に座ってほっと息を吐くと勇人様がクスクスと笑いをこぼす。
「豊穣の神が祭事の最中話しかけていたのではありませんか?」
「あらよくお分かりで」
「神気を祭壇ではなく、彩愛様の背後から感じておりましたので」
「まあ、そうでしたのね。私まったく気が付きませんでしたわ」
「流石彩愛様ですわ」
乃衣様と美衣様が驚いたように言うのに彩愛は苦笑する。
「なにをおっしゃっていたのかお聞きしても?」
「大したことではないのですが、そうですわね…。私の体の成長が遅いのは複数の神の加護をいただいている為とおっしゃっておりましたわ」
「そうなんですの?お小さくてかわいらしいですが」
「確かに幼い時から神の加護を受けると成長が遅れることがあるとは聞きますね。ただそれは7歳で亡くなる方によく見られる傾向だそうですが」
「そうなんですの」
それでお父様やお母様があんなに彩愛がいつ死ぬのかと怯えていたはずだと今更ながらに理解する。
7つまでは神の子、月の物の間は神の花嫁。そういう言葉は聞いたことはあるが、勇人様ほど詳しくはないので驚きを隠せない。
むしろお父様やお母様によってそういった知識を覚えることを避けられていたように思える。
だからこそ、彩愛の学友としてまず最初に神道系の家の子である勇人様が選ばれたのかもしれない。
そんな話をしていれば他の方々も待機室に戻ってくる。
高等部の参加者の中には賀口様もいる。
他の方々とは話すことはなく、存在を無視されるわけでもなく、ただそこに佇んでいる。
「彩愛様、例の件…」
「かまいませんわ。きっとそれですべては終わるのでしょう。私はそう信じております」
「彩愛様がいいのでしたら…」
「そうおっしゃるのでしたら…」
クリスマスパーティーのことを聞いている乃衣様と美琴様は、不満を浮かべながらも言葉を続けることはない。
彩愛は近づいてくる史お兄様とミカルお兄様に体を向け、笑顔を浮かべた。