008
皆森彩愛の一日は忙しい。
家の使用人や教師陣によってそれこそ分刻みでスケジュールが進行している。
13:35
午後の講義が始まる。
この時間は必ず実習の時間と決まっている。
今日の講義は生け花の実習になっているため、始まりの前に全員が着物に着替えている。
生け花の実習とはいえ、そこには着付け、和室での作法なども組み込まれているので、始まる前から気を抜くことができない。
花の名前も当然のように覚えることを要求される。
14:35
本日すべての授業が終わり、着替えると終わりの会のために急ぎ教室へ戻る。
15:10
本日の学園での講義がすべて終わり彩愛はいつものように高位の子女しか使用できない部屋、通称『王花の間』へ向かう。
いつもの定位置へすぐさま向かい座ると、給仕によって冷えたアサイージュースがテーブルに置かれる。
「学園内は空調が効いているとはいえ、すっかり夏ですわね」
「ああ、まだ7月もはじまったばかりなのに校門から校舎に入るまでに汗をかいてしまう」
「下旬になれば夏休みになりますもの、それまでの我慢ですわ」
「皆様は高等部主催の催し物には参加なさいますの?」
「七夕まつりでしたか。どういたしましょう」
「私たちは自由参加ですし、気が乗らないのなら行かなくてもいいのではなくて?」
「そうだね。しかも今年は夜にするらしいし、無理に参加することはないよ」
「梨花お姉様がお忙しくしてらしたのも急な提案のせいだったそうですわ」
「篠上様の提案だろう。夜に祭事を行うならもっと早く提案すべきだよ」
彩愛は扇子を広げて口元を覆うとふう、と息を吐く。
「残念ですが、急に夜の予定を開けることはできませんので私は不参加になりますわね」
篠上京一郎がかかわっているのなら、その背後にはもれなく佐藤妃花がいるのだろう。
代々五節句として行われていた伝統行事を騒がしいものにしてほしくはない。
「代わりと言っては何ですが、当日はこの部屋に五節句の準備をさせていただきますわ」
「まあ素敵」
「それはいい」
16:00
友人との交流を深める時間が終わり、迎えの車に乗る。
スマートフォンを取り出し、メールに返信をしていると呼び出し音が鳴る。
『ラ・カンパネラ』の生演奏を使用した音色に笑みを浮かべて通話を開始する。
「……ええ、問題ありませんわ。……ええ」
その後10分ほど会話を続けてから通話を終了する。
相手にも都合があるのであまり長電話はできない。
すぐさま先ほど作成していたメールを削除して新しくメールを作る。
朝と同じように、その顔には子供らしい笑みが浮かんでいる。
16:35
家に着くとすぐさま使用人が傍に寄り添ってくる。
使用人に鞄を預け、部屋に向かい着替えを行う。
16:45
朝と同じトレーニングルームに行くと、朝とは違う講師が待っている。
朝と同じようにバレエのストレッチから始め、基本ポジションを確認した後バレエのレッスンが始まる。
18:15
バレエのレッスンが終わり、シャワーを浴びて汗を流す。
18:50
食堂へ行き夕食をとる。
この後のレッスンのため量が少なめになっているのをゆっくりと噛みしめて食べる。
消化のいいものを中心にした食事が終わり、食後のわずかな休憩をとると席を立ち音楽室へ向かう。
19:55
「お待たせいたしました」
「いえまだあと5分ありますよ」
そう言いながらも講師はピアノの椅子に座る。
彩愛も用意された楽譜を手に取るとピアノのすぐ横立つ。
ここからは歌唱のレッスンの時間であり、彩愛を溺愛している神々への謳いを捧げる時間でもある。
20:00
時間ぴったりに講師の奏でるピアノの旋律が部屋へと広がっていく。
彩愛は大きく息を吸い軽く握った片手を胸の上において声を出す。
21:45
「お疲れさまでした」
「ありがとうございました」
一時間半ほど、時折修正を受けたり、水分補給をしたりしたレッスンが終了する。
部屋を出て自室へと向かう途中、使用人から明日の予定の確認や両親のことなどの報告を受ける。
気になるものがあれば聞き返したちこちらから告げ、明日その返答を待てばいい。
22:10
「ではお嬢様、明日の朝また参ります」
「ええ、おやすみなさい」
「おやすみなさいませ」
ぱたりとドアが完全にしまったのを確認してから、寝巻に着替えた姿でベッドに全身でダイブする。
のそのそと起き上がり、先ほど使用人が用意してくれたホットミルクを飲む。
「ほぅ」
こうして寝る前の最後に温かいミルクを飲むと今日一日の疲れが抜けていく感じがする。
飲み終わったカップをサイドテーブルに戻して、ぐっと伸びをしてからベッドに横たわる。
もそもそと布団を持ち上げてもぐりこみ、胎児のような姿になると小さく「おやすみなさい」と呟いて目を閉じた。