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すさまじい疲労感と、痛みに気が遠のきそうになった。
足元から聞こえる赤ちゃんの泣き声が頭に響く。
「女の子ですよ」
「そう」
私がこんなに疲れてるのに皆子供のことばかり。信じられない。
段々の遠のく泣き声と、もうひと頑張りと声をかけてくる助産婦にふざけるなと怒鳴りつけたいのにその気力も沸かない。
どうして悟志君はここにいてくれないの?
一緒にいてって言ったのに、用事があるからとか私の入院の荷物がとか言って付き添いを断られてしまった。
悟志君の子供かもしれないのにひどい。
「後産頑張って」
勝手なことを言ってくれるものだと顔をしかめる。
「いたっ」
「力んでください」
「っさいのよ」
「ほら頑張って」
うるさいうるさいうるさい。
何もかもうまくいかなくなってる。
あの史様のお母さんに会った後から学園では冷遇されるし、金田君はいなくなっちゃうし。
悟志君は私にべったりでわがままも聞いてくれるけど、今回は私のお願いを聞いてくれなかった。
それに妊娠のせいで体形も崩れたし肌も荒れた。
爪もボロボロになって、最悪だわ。
そんな風に痛みから気を紛らわせるために考えてるとバシンと頬をぶたれる。
「いったいじゃない!」
「力んでください」
「痛いのよ」
「後産が始まってるんです。無理そうならこちらで臍帯を引っ張りますよ」
「好きにしなさいよ」
そう言ったら助産婦はあきれた顔をして足元のほうに移動する。
「いっ………たい」
ボロボロと涙が出てくる。何をされてるかわからないぐらいに痛い。
そこで意識が途切れた。
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目が覚めるとお腹とあそこがズキズキする感じに顔をしかめる。
豪華な病室は気分がいいけど、いつもはいる看護士がいない。
イケメンで気に入ったから悟志君に頼んで私の専属にしてもらったのに、気は利かないし私の言うことは聞いてくれないしろくでもなかったから別にいいか。
次はもっと気が利いてかっこいい看護士にしてもらおう。
そう考えてナースコールのボタンを押す。
少しして看護士が二人来るけど女だった。
「ねえ悟志君は?」
「悟志様はいらっしゃいません」
「は?」
「飯近様はお目覚め後すぐに病室を移動するよう言い付かっております」
「は?」
看護士はそう言って布団をはがすといつの間にか用意した車椅子に無理やり私を乗せて移動し始める。
「ちょっと!どういうことよ!私は悟志君の大切なひとなのよ!こんなの許されると思ってるの?」
大声で叫んで抵抗しようとしてももう一人の看護士に押さえつけられる。
出産のせいで体力が減ってる相手になんなのよこの女たち。
特別棟から普通の病棟に運ばれる。
車椅子からベッドに移動させられて寝かされそうになったから暴れると、ベッドサイドから手枷みたいなのを取り出して手に付けられる。
「なんだってのよ!私は出産したばっかりなのよ!もっと大切に扱いなさいよ!それに何なのこの部屋!こんな粗末な部屋に私を連れてきてどういうつもりなの!」
「悟志様のご指示ですので。トイレの際はおよびください」
そう言って看護士二人はこちらを振り返りもしないで部屋を出ていく。
ベッドサイドを見れば悟志君が用意してくれた入院用品を入れたバッグがある。
必死に手を伸ばしてスマホ探す。
「いった」
無理に体をひねったせいで腰も腕も痛い。
でもスマホは探し出すことが出来た。というか再度ポケットに入ってた。
「ふざけんじゃないわよ」
あの女たち、悟志君の命令とかありえないこと言って、すぐに解雇させてやる。
悟志君の番号を呼び出して電話をする。
『おかけになった電話番号は現在使われておりません』
「は?」
番号を確認するが間違いなく悟志君の番号だ。
「なによ。このタイミングで電話番号変える?普通」
いらいらしながらラインを送ろうとするけれども悟志君の名前がない。
会話履歴にもメンバーがいませんとか表示されるし。
「なんなの?」
爪を噛もうとして手が届かないことがさらにいら立たせてくる。
メールを送っても送信先が見つからないと戻ってくる。
「なんだってのよ!」
スマホを床に放り投げればガシャンと液晶の割れる音がした。
ナースコールを連打する。
『どうしました?』
「すぐに悟志君を呼んで!今すぐに!」
『出来かねます』
「はあ?ふざけんじゃないわよ!私を誰だと思ってるの」
『飯近様、どうぞ落ち着いてください』
「落ち着いてなんかいられないわ。私をこんな扱いにしてあんたたち全員解雇させてやる!」
そう言ったらナースコールが切られてしまった。ありえない。
そのあとも何度も同じやり取りをしても、悟志君は来てくれなかった。




