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神へ捧げるカントゥス★  作者: 茄子
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「まあお母様にお父様、おはようございます。お母様は今朝は起きても大丈夫ですの?」

「おはよう彩愛」

「おはよう。今朝は気分がいいのよ。いつまでも寝込んでいては母親としても妻としても失格ですし」

「そのようなことはございませんけど、ご気分がよいのでしたらなによりですわ」


 土曜日の朝、彩愛は朝のレッスンを終えダイニングルームに入ると、そこには珍しく両親がそろっている。

 どうやら彩愛を待っていたらしく、彩愛が席に着くと食事が並べられる。

 弟を産んで以来体調不良が続きベッドに横になることが多いが、ここのところ体調は良くなってきているらしい。


「今思えば彩愛の時は本当に申し訳なかったわ」

「そんなことありませんわ」

「いいえ。母としての義務を果たすこともできず、お父様のいない寂しさにあなたに八つ当たりしてしまったこともあったわ」


 その言葉に一瞬だけ彩愛の手が止まる。


「そうですの」

「ええ。私焦っていたのね、お父様に無理に結婚を早めてもらったりしたから、役に立たないといけないって焦ってたんですわ」


 初めて聞かされる話に彩愛はお父様を見るが、苦笑しながら食事を続けているので彩愛もそれに倣い手を動かしながらお母様の話を聞く。


「無理をして海外に行って、そのせいで貴方を亡くしてしまいそうになって、お父様とも離れた環境で不安だったんですの」

「私のあの時期は今のように余裕がなくてな、二か月に一度会いに行ければいいほうだったから余計に愛実には不安をかけてしまったな」

「そうだったんですの」


 今は随分と余裕が出来たと苦笑するお父様をじっとみる。

 その時期にいったい何があったんだろうか。


「お前のひい御爺様が急死なさって、ほとんど引継ぎなどは終わっていたがやはり混乱は避けられなくてな、皆森家自体がゴタゴタとしていたんだ」

「そうなんですの」


 彩愛の産まれる前に死んだと聞かされているひい御爺様。

 ああ、それでお母様は焦っていらしたのかと彩愛は納得する。

 人の死を前に、早く確実な結びつきが欲しいと望んだのだろう。


「今だからこそ思うわ。あの頃の私は不安定で、母親失格で、よくしてくださったユングリングの皆様にも随分ひどい態度を取ってしまいました」


 流石の彩愛でも2歳までの記憶はないので何とも言えない。ただおぼろげにナニーであったナンシーと遊び、リーリア御婆様に泉に散歩に連れて行ってもらった気がするという程度だ。


「怖かったの。お父様が傍にいないのに彩愛まで取られるのかと思って。それなのに、妊娠したせいで、子供を産んだせいでお父様に会えないだなんて言って」


 話を聞きながら、彩愛は自分の指がかすかにふるえているのに気が付き手で押さえる。

 今はお母様の話を聞くべきだ。産後の肥立ちが悪いのもあるが、お母様の心自体が今不安定になっているのだから、心配をかけてはいけない。


「でもね、今は違うわ。体調もこうしてよくなっていますもの」

「そうですわね。素晴らしいことだと思いますわ」

「だからね、彩愛が沙良お姉様のところに泊まり込まずに今までのように家で過ごせばいいわ」


 にっこりと言うお母様の目を見て彩愛は咄嗟にお父様を見る。

 彩愛の視線にうなずき、お父様が使用人に視線を向ければ、数名の使用人がゆっくりとお母様の背後に回る。


「家族だもの。みんなで一緒にいるべきだわ。確かに今までは仕事が忙しかったけれども、反省したの。お父様と相談してこれからは家にいることにしましたのよ」

「そうですの」

「だから彩愛はどこにも行かずに家ですごしてもさびしくないのよ」


 ゆっくりと、ゆっくりとお母様の瞳がうつろになっていく。


「私反省しましたの。昔のようにはならないようにしないといけませんわよね。彩愛をよそにやるなんて考えただけでも寒気がしますわ」

「愛実、彩愛は史君と婚約をした。いずれ嫁に行くんだ」

「だめですわ。彩愛は私の大切な娘ですもの。離れるなんていけませんわ。そうだ、史君にお婿に来てもらえばいいのです、そうでしょう?」

「あちらと史君がいいと言えばな。さあもう部屋に戻ろう」


 お父様はそう言って使用人に合図を送る。

 すぐさま数人の使用人がお母様をゆっくりと、けれども逃げられないように体を押さえながら立たせ扉に誘導する。


「そう、そうね。お部屋に戻らないと。実里が起きてしまうわね。彩愛また一緒にご飯を食べましょうね」

「はいお母様」


 彩愛の言葉に気をよくしたお母様は使用人につれられてダイニングルームを出て行った。

 配膳された食事は全く手が付けられていない。


「お父様、お母様はまだ…」

「一進一退だ。だがお前の時よりはましだろう。すまないな、心配をかけて」

「いいのですわ。お母様も言っていたではありませんか、家族ですもの」


 彩愛の言葉にお父様は泣きそうな顔をして、そのまま笑みを作った。

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