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神へ捧げるカントゥス★  作者: 茄子
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081

「水上様ー。今帰りですか?偶然ですね」


 そう言って少し小走りで近寄ってくる飯近様の奥方の姿に、沙良お母様が一瞬だけ眉間にしわを寄せる。


「私も今帰るとことなんです。一緒に帰りませんか?」

「断る」

「えーどうしてですか?あ、皆森ちゃんのお守ですか?大変ですよねー。好きでもないのに婚約なんかさせられて」

「史、行きますよ」

「はい」


 歩き出そうとする沙良お母様の前に飯近様の奥方は移動すると悲しそうな顔をする。


「貴女は誰ですか?なんで水上様を連れて行こうとするんですか?あ、もしかして皆森ちゃんのお母さん?じゃあお母さんからも皆森ちゃんに言ってくださいよ。水上様を縛り付けるようなことしないでって」

「ああ、失礼しましたわ。私としたことがあまりにも貴女の失礼な態度に引きずられてしまいましたわね。私は水上沙良と申します、史の母親ですわ」

「え!水上様のお母様?やだっすみません私ったら勘違いしちゃって。あっ!水上様って言ったら被っちゃいますよね、これから史様って言いますね」

「は?誰が君に下の名前で呼ぶことを許したんだ」

「だって紛らわしいじゃないですか」

「貴女、飯近妃花さんですね。何かとお話は聞いていますよ」


 史お兄様は怒鳴りつけたいような表情で、でも彩愛を腕の中に抱き、そして沙良お母様がいないためなんとか声を押し殺している。

 沙良お母様はそんな史お兄様を一瞬振り返って、飯近様の奥方に話しかける。

 嬉しそうな顔をしてコクコクと頷く飯近様の奥方から大分離れたところにいる賀口様の姿を見つける。


「史様からですよね。やだぁ、恥ずかしい」

「随分ふしだらな交友関係をお持ちだそうで、今後一切史にも我が家にも彩愛にも近づいてほしくありませんわね」

「え」

「それにお腹の子がいるというのに常識はずれな行動。子を持つ親として軽蔑に値しますわ」

「な、な…」

「ご夫君がいる身で他の異性とふしだらな行為に耽っているそうではありませんか」


 容赦のない言葉が飯近様の奥方に浴びせられる。


「貴女のような方は私たちの世界には到底馴染めないのでしょうね。どうして貴女のような方がこの学園に居続けられるのか私は不思議でなりませんわ」

「なっ、な…ひどいっどうしてそんなこと言うんですか」


 飯近様の奥方はボロボロと涙を流し、傷ついたような顔を沙良お母様に、そして史お兄様に向ける。


「まあ器用なこと。その涙で殿方を惑わしたのかしら。でもご存じ?女の涙を武器にしても女には通じませんのよ」


 わなわなと口を動かし、うつむいたかと思えばぶつぶつと何か言っている。

 彩愛には聞こえないが沙良お母様には聞こえたらしい。


「社交界ではそれなりに知られている話ではありますが、貴女のような庶民がご存じとは思いませんでしたわ」


 何を言われたのかはわからないが、社交界で知られている水上家のことと言えば史お兄様のお父様のことだ。

 暗黙の了解ではあるが、沙良お母様の言うように庶民の飯近様の奥方が知っているとは思わなかった。

 飯近様か、賀口様…もしくは他のご友人から聞いたのだろうか。

 だが、その話題に過敏に反応したのは沙良お母様でも彩愛でもなく、史お兄様だった。


「その話題を口に出すということは、母や俺を貶めようとしているのか?」


 冷たい声だと彩愛は思う。


「まさかっ史様を貶めるなんて」

「俺は君に下の名前を許していない!礼儀もなければ常識もない庶民の女ごときが無礼だ!」

「ひっ」

「史お兄様」

「ああ、彩愛…怒鳴ってすまない」

「いいえ」

「……まあこの際俺という発言は聞かなかったことにしましょう。それで貴女は我が家を貶めるということがどういうことなのか、知りたいようですわね」


 飯近様の奥方がびくりと震えたところで史お兄様に声をかければ、落ち着きを取り戻してくれた。

 沙良お母様は史お兄様が過敏に反応してしまったことで、水上家として対応せざる得なくなってしまったのだろう。


「わ、わたしっ私はそんなつもりじゃなくって」

「あら、ではどんなおつもりなのかしら?」

「史様っ」


 声をかけられても史お兄様は彩愛の首元に顔を埋めて動かない。

 本気で飯近様の奥方の存在を無視するつもりなのだろう。


「あら史は貴女に名前を許していないわ。友人でもない許されてもいないのに名前で呼ぶのは庶民の方の習慣かしら。ごめんなさい、私たちの階級だとそのような習慣はないのですわ」

「だって、お母様と混同しちゃうじゃないですか」

「大丈夫ですわ。今後一切貴女にお会いすることはございません」


 そう言うと沙良お母様は史お兄様に先に行くように告げる。

 史お兄様が歩き出し、飯近様の奥方の横を通り過ぎるときにまた声をかけられたが、沙良お母様が史お兄様に近づけないように立ち位置を変える。


「賀口様、あの女は我が家に喧嘩を売った」

「そのようですね」

「もう賀口様でもかばえまい」

「……ふっ。すみませんけどもう少し辛抱してください」


 賀口様はそう言って飯近様の奥方のところに歩いていく。


「どういう意味でしょう?」

「わからないな。でも、賀口様が何も考えなくあんなことを言う人とは思えない」

「そうですわね」


 史お兄様は歩くのを再開させて車止めのところへ向かった。

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