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彩愛から一週間ほど遅れてユングリングの屋敷に訪れた史は、久しぶりに訪れた森と屋敷を懐かしんでいた。
早く彩愛に会いたいとは思うが、ひい御婆様と部屋で着せ替えごっこをしているといわれてしまい、仕方なくミカルと共にひい御爺様とお茶を楽しんでいる。
「まったく、我がひ孫ながら愚かしいことよの」
楽しんでいるはずなのだが、実質楽しんでいるのはひい御爺様とミカルだけのようだ。
「風の神の加護を無意識に使用し自らに呪い(まじない)をかけるとはの。風の神もさぞかしお嘆きじゃろう」
「お爺様、あまりいじめてはアヤメに怒られてしまいますよ。婚約発表こそしてませんが、二人の仲は今や学園中が知っているほどラブラブなのですから」
「ほほう。まあ以前のような妹への溺愛ぶりに恋慕が加わればさぞかし見ものだとうて」
クツクツと笑うひい御爺様に史は聞き流そうと用意された紅茶に口をつける。
淹れられた時からわかっていたが、飲んでみれば口の中に薔薇の芳香が広がり、それでいて日本人向けなのか薄口で渋みが少ない。
「これ、おいしいですね」
「リーリアの持っていた薔薇荘園の新製品での。日本人向けになっておる。ミルクティーにする場合は濃くすればよい」
「なるほど」
確かあの薔薇荘園はひい御婆様の個人資産でも大きなものだったはず、と記憶を掘り起こしながら「ん?」と引っ掛かりを感じる。
「これに合わせて薔薇の形の砂糖菓子に香りをつけたもの、オイルなども日本に展開する予定じゃ」
「それは人気が出そうですね。販路はどちらに?」
「今のところミナモリでする予定じゃ」
今まで日本で手に入れるには海外に独自の入手先を持つか、お土産として手に入れるしかなかった。
史もひい御婆様のもつ薔薇荘園の商品の質の高さは知っているので、日本で売り出せば相当なプレミアとともに人気が出ると予測をつける。
できれば水上家で取り扱いたいが、皆森家とすでに予定があるのであればそこにちょっかいをかけるわけにはいかない。
史はそう考えてもう一口紅茶を飲む。
その時部屋のドアがノックされ、使用人がドアを開ける。
「お待たせいたしましたわ」
「いらっしゃいミカル、フヒト」
ドアの向こうからひい御婆様と、その斜め後ろでカテーシーをする彩愛の姿が目に入る。
「おお、かわいらしくできたの」
「今回は薔薇をモチーフにしましたの」
そう言われて体勢を戻しまっすぐ立った彩愛を見て納得する。
薄ピンクのノースリーブのワンピースにはピンクの糸で薔薇の蔦と花の刺繍がなされ、肩を隠すレースのストールは薔薇がモチーフになっている。
胸元を飾るネックレスにはピンク色の宝石で作られたバラが咲いている。
まるで薔薇の精霊のようだと思いながら史は立ち上がり、彩愛の傍に行きその手を取る。
「かわいいよ彩愛」
「ありがとうございますわ」
にこりと笑みを浮かべる彩愛のハーフアップにされた髪には薔薇の花を模した小さな髪飾りがつけられている。
余念のないひい御婆様のコーディネートに感嘆の息が漏れかけて止める。
「本当にかわいい。薔薇の精霊かと思った」
「言い過ぎですわ史お兄様」
「まさか。花の神も美の神も賛成するに違いないよ」
そう言いながら史は彩愛の手を引き、すでに座っているひい御婆様の向かいにエスコートするとそのすぐ横に座る。
「ね、ラブラブでしょ」
「そうじゃの。これなら紅茶に砂糖は必要ないの」
「ああ、彩愛は舐めたら甘そうですね。今度舐めてもいい?」
「甘くなんてありませんわよ?」
「でもいい香りがするし、今度少しでいいから舐めてもいい?」
「きっと先ほどかけていただいた香水のおかげですわね。ローズティーを召し上がっていると聞きましたので控えめにしたのですが、強く香りますでしょうか?」
「ううん。こうして近くにいてほのかに香るぐらいだよ」
そういって彩愛の手首を持ち上げて唇と落とす。
手首に着けていた薔薇の香水の香りが鼻孔をくすぐり、このまま抱きしめたい衝動に駆られてしまう。
「血は争えませんわね」
「はて、なんのことかの。フヒト、儂らの前でそれ以上するのであれば退室してもらうぞ」
「……はあ」
流石にひい御爺様に言われたのでは止めざる得ない。
水上家では、御婆様も母もさっさと既成事実を作れと言わんばかりの空気なので気にすることはないのだが、流石にユングリングの家では自重するべきだろう。
とはいえ、人目がないところで思う存分彩愛を堪能しようと心に決める史であった。




