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神へ捧げるカントゥス★  作者: 茄子
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074 二年目8月

「ご機嫌よう、ジュール御爺様、リーリア御婆様」

「ようきたアヤメ。この度は弟君の誕生おめでとう」

「本当に喜ばしいこと。けれどメグミの体調が悪いのだとか。こちらにいたときもずいぶん長く体調を悪くしていましたし、アヤメも心配でしょう」

「ええ…。けれど弟は乳母がしっかり育ててくれますし、お母様も今は家に戻り療養をしております」


 夏休み、彩愛は今年もユングリングの屋敷に訪れている。

 以前から誘われていたこともあるし、なんだかんだと事務処理や書類処理があるためだ。

 ミカルお兄様と史お兄様は一週間ほど遅れてくる予定となっている。


 城と言ってもいいほどの屋敷の談話室に通された彩愛は、そこで待っている総帥夫婦に挨拶をする。

 柔らかな雰囲気でリラックスできる空間を意識して作られたこの談話室は、家人や使用人にも人気の部屋だ。


「流石に今年はアヤメは来ないと思っておった」

「そうですわね。弟君が生まれたばかりですもの」


 その言葉に彩愛は苦笑し、だからこそ来たのだという。


「ただでさえ弟のことで家じゅうが神経をとがらせておりますの。そこに私のことで煩わせたり、スケジュール管理などで神経をとがらせたりさせては気の毒ですわ。それにお母様のご体調が優れませんし、これ以上使用人に負担をかけてはストレスで倒れてしまいますわ」


 そう言う彩愛の顔に寂しさはない。この年頃の子供であれば親を取られたと拗ねてもおかしくはない。

 もっとも、愛情はお互いにあるだろうが親子関係自体が随分と希薄だったようなので仕方がないことなのかもしれない。


「アヤメの婚約発表も家が落ち着いてからとなるか」

「そう、ですわね」


 少し頬を染める彩愛にジュール御爺様は目を細めて笑みを作る。


「じゃがアヤメ」

「なんでしょう?」

「今の状態ではフヒトはミズカミの家を継げぬだろう。如何するのか」


 そうなのだ。彩愛と史お兄様の婚約については皆森家・水上家が諸手を挙げて賛成しているが、史お兄様は今の状態、水の神の加護を受けていない今の状態では水上家を継ぐことはできない。


「サラの子供は一人だけだけど、あの子の兄弟には幾人も子がいるからそちらが継ぐ可能性がありますね」

「そうですわね」


 特に困った顔をしない彩愛に総帥夫婦は苦笑する。


「ミズカミ当主夫人になろうとは思わぬのか?」

「なるようになると思っておりますので」


 笑みを浮かべてホットミルクを飲む彩愛に総帥夫婦は、彩愛に物欲を求めたのが間違いだったと肩をすくめる。


「まあよい。部屋に行って少し休んだらすまないが書類のほうを処理してもらってもよいかの」

「ええ、もちろんですわ」

「フヒト達が来る前に終わらせたほうが良いだろうからの」


 総帥の言葉に彩愛はにっこりと笑みを浮かべる。

 ユングリングの屋敷にある彩愛の部屋は、産まれたときから彩愛専用になっている部屋で、全体的に白でまとめられており、木目が美しい家具と飾られた絵画や花がポイントになっている。

 彩愛がいつ来てもいいように毎日掃除されているというのだから、総帥夫婦の溺愛ぶりがわかるというものだ。


「アヤメ様。お荷物はいつも通りお部屋のクローゼットにしまっております」

「ありがとうございます、ナンシー」

「いいえ」


 にっこりと笑みを浮かべる使用人、ナンシーは彩愛のナニーでもある。

 彩愛が日本に帰ってからはそれまで通り使用人としてユングリング家に仕えているが、彩愛が来た場合は専任の使用人になる。


「では御爺様方、一度失礼いたしますわ」


 彩愛がカテーシーをしてから頭を上げて部屋を出る。

 付き添うナンシーの機嫌が以前よりも良い気がして、彩愛は不思議に思う。


「そうですわアヤメ様。今回は大奥様の薔薇の荘園を譲られるとか」

「ええ。あのように立派なものをいただいていいのか、未だに悩んでおりますが…」

「何をおっしゃいます。花の神の加護を受けているアヤメ様にふさわしいものにございますよ」

「そうでしょうか?」

「ええ、ええ。それに弟君のお誕生祝いを兼ねていると聞いております」

「そうですわね」

「あの荘園で採取されるダマスクローズは品種改良を進め薫り高くオイルの質もよいと有名です。お母君にプレゼントなさればきっとお体にもよいですわ」

「ああ、それは素敵ですわね」


 そんなことを話しているうちに彩愛の部屋に到着する。

 ナンシーが開けると、変わらない部屋にほっとする。

 中に入り、窓辺に行けば中庭とその奥に続く森が見える。

 この部屋は屋敷の中でも比較的窓からの景色がいい部屋だ。

 彩愛が森が見える部屋がいい、自然がたくさん見える部屋がいいと強請ったらしく、この部屋になったという。

 もちろん彩愛にそんな記憶はない。


 ナンシーがクローゼットから動きやすいワンピースを取り出し、彩愛を見る。

 彩愛は旅装束を脱ぐとワンピースを受け取るが、背中のボタンで留める構造なのでナンシーに背中のボタンを留めてもらう。

 靴下も用意されたガーターストッキングに履き替え、髪をほどかれナンシーによって結いなおされる。

 髪飾りを付け、華奢なネックレスを付ければすっかりここの家の子のような雰囲気を出す彩愛にナンシーは満足の息を吐いた。

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