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「彩愛様、聞きましたわ」
教室に入ってすぐに乃衣様が駆け寄ってくる。
「なにをでしょう?」
「先ほどの件ですわ、校門の」
随分と話しの耳が早いと目をぱちくりさせると、乃衣様は「伝達の神が速報と言って教えてくださいましたの」と当たり前のように言うので、彩愛はさらに目をぱちくりとさせてしまった。
伝達の神の加護を受けることはほぼ決まっているが、まだ加護を受けていないはずなのだがどうやらすでに随分と仲良くなっているらしい。
「まったくひどい話ですわ」
「どうしましたの?」
「乃衣様、とりあえず彩愛様の鞄を置かないと」
そう言って勇人様がさりげなく彩愛の手から鞄を取り、彩愛のロッカーの前までもっていく。
彩愛は学生所のIC読み取りと暗証番号を入力してから勇人様から鞄を受け取り中に入れる。
4人で朝の会が始まるまで席で話すことにした。
乃衣様が朝あったことを話すと、勇人様も美琴様も呆れながらも気分を害したといわんばかりに顔をしかめる。
「ありえませんわ」
「まったくだ」
母親も妊娠しているというのに、常識的に考えてそんなことをするわけがないと3人が怒るのを彩愛は苦笑する。
「史お兄様が言ってましたわ。ストレスから誰かにいいか掛かりをつけたかったんだろうって」
「水上様が…」
「なるほど、そういう方向に…」
「流石水上様ですわ。でも彩愛様を巻き込むのはいい迷惑ですわ」
彩愛の母親はもうすぐ産み月に入るため、皆森の家全体がそわそわした空気になっている。
跡取り息子が産まれるとなれば盛大に祝わなければならない。
長子である彩愛の時は遠くの地で産まれ、2歳まで皆森の家に来ることがなかったので余計に使用人たちは緊張しているようだ。
「本当に、でも水上様のおっしゃる通りストレスが溜まってるのかもしれませんわ」
「といいますと?」
「風森様に続き、富寺様が今月で学園を退学なさるんだそうですわ」
「まあ…」
「ご実家の事業がうまくいかず、ご家族で地元に戻られるんですって」
「ああ、異物混入とか海外戦略の不発とかニュースになってたか」
「ええ。海外のほうも今年度はじめから次々と撤退なさってたようで、今後は地元のほうで事業を建て直すらしいですわ」
異物混入はともかく、海外戦略の不発には皆森家などが関わっているのだが、彩愛はあえて何も言わずいつものように愛用の扇子で口元を隠した。
「飯田様・野宮様も距離を置いていらっしゃるんですって」
「どちらとも個人的な才能が突出した一族か。確か作品を多く買い付けるなど言って取り込んだんだったっけ」
「そうですわね。けれども肝心の飯近様があれでは、将来的なことも考えて離れることを選んだのかと思いますわ」
「そうなると残っているのは、賀口様・金田様、そしてご夫君の飯近様ですか…」
「随分減りましたわね」
「でもその金田様もお家の事業がうまくいっていないそうですわ」
それもまた皆森家や他の家の尽力なのだが、彩愛は苦笑を浮かべたまま何も言わない。
「今一番飯近様の奥方と一緒にいるのは賀口様ですわね」
「けれど、賀口様は長子ではあるが跡取り息子ではないし、医師になる気がないともきくけど」
「ご存じなのでしょうか?」
「ご存じないのではなくて?随分賀口様に贈り物をいただいてるそうですわよ」
「まあ、賀口様は母方の家の援助はすさまじいからな」
「飯近様の病室も友人というだけでVIPルームなんだそうですわ」
「まあ、そうなんですの」
「それにしても、生徒会の篠上様、風紀委員の賀口様といえば長年の親友であると有名だったし、二大勢力を仲の良い二人で盛り立てていってくれると期待されていたのに、今となっては残念な結果になってしまったか」
「そうですわね。お姉様もあのお二人なら梨花様を支えてくれると言ってましたのに、残念ですわ」
しんみりとしたところでチャイムが鳴り、彩愛達は姿勢を正し教師を待つことにした。




