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朝、史お兄様と一緒に登校すると飯近様の奥方が校門で待っていた。
「水上様。待ってたんです」
そういって彩愛の存在を無視して史お兄様に近づいてくるので、彩愛は一歩離れて様子をうかがう。
ここにミカルお兄様がいれば一緒に見物できるのだが、あいにくここ最近朝の登校は別行動だ。
「私、昨日マフィンを作ってきたんです。水上様に食べてほしいって思って」
頬を染めてかわいらしい包みをもって言う飯近様の奥方は、確かに彩愛から見てもかわいらしい。
「遠慮する。時間がないので失礼するよ」
史お兄様がそう冷たく言うと、彩愛のほうを向き、二人分の鞄を持っていないほうの手で彩愛の腕を取って引き寄せると、とろけるような笑みを浮かべて歩き出す。
彩愛は歩幅の関係で若干腕を引っ張られるようになりながらも、すれ違う飯近様の奥方に目を向けた。
その瞬間だった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁあ!」
飯近様の奥方が突然大きな声を出して座り込み、お腹を押さえる。
流石に史お兄様も足を止めて飯近様の奥方に目を向ける。
「ひどいわ皆森ちゃんっ!いきなりお腹をたたくなんて!」
「しておりませんが」
「嘘言わないで!今すれ違った瞬間にその手でたたいたじゃない!」
その手と言われた空いている右手を見て首をかしげる。
「どうしてそんなことをするの!私のお腹には今子供がいるのよ!」
「知っておりますが」
もはや全校生徒が知っている事実だ。
「いい加減にしてもらおう。彩愛は俺に引かれて歩いてた。君にかまうわけがない」
「水上様信じてください!ものすごい目で睨んできて叩いたんです!」
確かに身長差から言えば、彩愛が少し手を動かせば膨らみ始めているお腹に当たるだろうが、と彩愛は他人事のように考える。
「彩愛がそんなことをするはずがないだろう」
さりげなく彩愛を自分の後ろに移動させ、史お兄様が飯近様の奥方を冷たい目で見る。
「きっと、きっと私が水上様と親しくしてるから気に入らないんです!」
「君と親しくした覚えはない。むしろ迷惑だ」
「ひどい!この間はあんなに一緒にお話ししたじゃないですか!」
「記憶にないな。それにしてもそれだけ元気なら自分で保健室まで行けるな。彩愛が叩いてないのは明白だが、勢いよく地面に座ったんだ。念のため検査してもらえばいいんじゃないか」
「水上様、一緒に行ってください」
「はあ?」
「だって私のことを心配してくれたんですよね。だったら」
「妄言はそこまでにしてもらおう。俺は、君が後になって彩愛のせいだとか妄言を言わないように検査したほうがいいと言ってるんだよ。まあ、ちゃんと忠告したんだし行かなくても大丈夫だと判断した君の自己責任だけど。ああ、検査するならついでに頭の検査、ああ精神科かこの場合は。そっちも言ったほうがいいんじゃないか?どっちも賀口様の病院にあっただろう」
史お兄様はそこまで一気にいうと、校舎のほうに向きなおり、彩愛の背中を押して歩きだす。
「水上様!どうしてそんなこと言うんですか!」
背後で飯近様の奥方が騒いでいるが、史お兄様は気にせず歩いて初等部の校舎の玄関に着く。
「はあ、今日は朝からうるさかったな」
「そうですわね。それにしても、私が叩いたなど妊娠による幻覚でも見たのでしょうか?」
首をかしげる彩愛に鞄を渡し、ついでと言わんばかりに手の甲を持ち上げられてキスをされる。
「ただの言いがかりだ。そうだな……妊娠でストレスでも溜まって言いがかりをつけて発散でもしてるんだろう」
「まあ、それはお気の毒ですわね」
そういう彩愛に史お兄様は優し気に笑みを浮かべた。