068
(なんなの?なんかおかしいわ)
妃花は文芸会の発表会場の一つ、音楽堂の控室で綺麗に整えられた爪を噛んでいる。
何時もつけてるマニキュアは妊娠してからというもの気分が悪くなるので出来ずにいる。
悟志君に贈られたドレスとアクセサリーを身に着けて迎えが来るのをひたすら待っている。
ボロボロになった爪はどうせすぐに手袋をするから気にすることはない。
妃花は昨日突然上から水が落ちてきて気を失って以降、すべてのことがうまくいかない気がしてイライラしている。
ゲームのシナリオ通りなら心配した史様が来るはずなのに来ない。
放課後に生徒会室の前で待っていても来ない上に警備員に追い返されてしまった。
今日だって、この文芸会で史様のエスコートを受けることが出来るはずなのに、全然来てくれないどころか、文芸会の運営で忙しいからどこかに行くように言われてしまった。
なのに皆森彩愛は史様の傍にいる。
黒の生地に金糸銀糸の牡丹の刺繍がされたドレス、複雑に結われアップにされた髪には小さな花がちりばめられている。
ここ最近は近寄りすらしてなかったから油断してた。
(やっぱりお邪魔虫だわ、あのガキは)
それに昨日からおかしいことが続いている。
まず学園の生徒が私の存在を無視しているような、それでいて遠巻きに観察してクスクスと笑われているような気がしてならない。
これだから嫌味な金持ちはいやなのよ。
取り巻き達は変わらないけど、他にも今この部屋に飾られた花が妃花が入ったとたんに全部枯れてしまった。
相部屋だった人が気味悪がって他の部屋に移動した。
こんなわけのわからないものは全部皆森彩愛のせいに決まっている。
ゲームの中でも結局犯人はわからなかったが、史様を攻略するときに不運なことが起きたりしてた。
(あのガキが神様にお願いしてやらせてるに違いない。そもそも、どうして私が神の加護を受けてないわけ?)
やはり特定のイベントは年数が関係してるのかもしれない。
史様を1年の時に帰国させられたのはいいけど、うまく接触できなかったのはそのせいだったみたいだし。
ここ最近になってやっと親しくできたし、慶賀のイベントだって起きた。
きっと今年の夏休みにまた地中海に行けば、今度こそ神の加護を得られるはずだわ。
京一郎君はもう役に立たないから誰に連れて行ってもらおうか。
(ああ違うわ。史様に連れて行ってもらえばいいんだわ。このままいけば順調に好感度が上がるはず。今日は生徒会の仕事が忙しくてたまたまだったんだわ)
そう考えてやっと爪を口から離し手袋で爪を隠すと、用意された飲み物に口をつける。
「っごほ!げほっ」
ミネラルウォーターの、まだ開封されてないペットボトルの中身が苦水になっている。
「なんだってのよ!」
ペットボトルを床にたたきつけて「はあはあ」と肩で息をする。
その時、控室のドアがノックされる。
「っ!…どうぞ」
時間的に悟志君あたりが迎えに来たのだろうから、かわいらしい声を作る。
「お邪魔するよ妃花。ああ、やっぱり綺麗だね」
「悟志君のドレスのおかげだよ、えへへ」
そう言ってわざと腕に抱き着いて胸を押し付ける。
(やっぱり男は体で落とすほうが早いのよね。ゲームではしてなかったけどこのほうが効率いいわ)
「君の魅力を引き出してるだけだ。ああ、でも本当にきれいだ、今すぐその唇を奪ってしまいたい」
「だーめ。お化粧が崩れちゃう。後でたっぷり、ね」
「しかたない、我慢するよ」
悟志君が妃花の腰に手を当てて舞台へとエスコートする。
京一郎君を病院に置いておくにも悟志君のご機嫌は取っておかないといけない。
(それにこのお腹の子供だって悟志君の子供かもしれない。元の京一郎君なら妥協してもよかったけど、ただマンションもちなだけじゃ私にふさわしくないわ)
その点悟志君は大病院の跡取り息子。俊也君も画家として認められつつあるらしいけど、やっぱり病院の息子っていうのは強みだ。
(まあ、史様狙いだから皆には私の下僕になってもらうんだけどね)
妃花はかわいらしい顔に似つかわしくない、妖艶な黒い笑みを浮かべた。