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「なるほど、自分に自分で呪い(まじない)をかけていたわけですか」
放課後、約束通り彩愛を初等部の『王花の間』につれてきた史お兄様から急激な態度の変化の理由を聞いた勇人様は頭が痛いと言わんばかりに額に手を当てる。
「ありえませんわ。ひどすぎますわ」
「まさかの展開すぎて何と言っていいのか…」
「乃衣、こういうのをヘタレというのですわ」
「ヘタレですの?」
「ええ、よく覚えておきなさい。でも、まあ…昔の史様が戻ったようですわね」
「まあ、確かに。腑抜けではなくなったかな」
当たり前のようにいる美衣お姉様様とミカルお兄様に、史お兄様はふっと笑みを浮かべて彩愛を膝の上に座らせたまま、手にした皿に盛られたプチケーキを彩愛の口に運ぶ。
「あーやだやだ。開き直った男ってこれだから嫌ですわ」
「想像以上である意味面白くもあるけどね」
「でも、これで今後飯近の奥様の修行相手になることはできませんわね」
「もちろんですわ。彩愛様がいるのに他の女性と親密だなんて私も神もお許しにはなりませんわ」
「そうですわね。史様、今後は今のようにシャキッとなさって飯近妃花様を近づけないでくださいませね」
「もちろん。というか、近寄ってることすら気が付いてなかった」
それもどうなのだろうと思いつつ、彩愛はもぐもぐと口を動かす。
昼食はしっかり食べたがいろいろあって体力を消耗してしまっているので、ここで回復しておかなければこの後の文芸会の練習に支障がでてしまう。
「彼女喜んでましたわよ。えっと何だったかしら…『やっぱり二年じゃないとだめだったのね』だったかしら?」
「お姉様それなんですの?」
「わかりませんけど、ここのところご機嫌のようで、お手洗いで呟いていらっしゃいましたわ」
「二年に進級出来て嬉しいということでしょうか?」
「そうなのではなくて?」
「わざわざトイレでそんなことを呟くものか?」
「さあ?でも随分ご機嫌のようで鼻歌を歌っていらっしゃいましたわよ」
美衣様の言葉に全員が首をかしげる中、永楽様が部屋に入ってくる。
彩愛の格好に少し驚くが、一瞬で笑みに戻すあたり流石だと思う。
「ご機嫌よう皆様。最新ニュースはいかがでしょう?」
「まあなんですの?」
彩愛が租借を終えて首をかしげる。
「飯近妃花様が全身ずぶぬれで中庭で倒れているところを発見されましたわ」
「まあ。お子は大丈夫ですの?」
「幸い母子ともに何の問題もないそうですわ」
「それはよかったですわ」
「でもどうしてずぶ濡れで中庭に?」
「私たちは何も聞いていないけれど?」
「飯近妃花様の取り巻きの方々が発見なさり、すぐに保健室に運び込んだそうですわ。つい5分前のことですわね」
5分前、とその情報の速さに驚いてしまう。
「なんでも、目を覚ました飯近妃花様曰く突然水が上から降ってきたと。誰もいなくてまるで神様がいたずらしたみたいだとおっしゃったそうですわ」
「ほう」
「それはそれは」
誰のせいとは言っていないが、この学園で水の神の加護もちといえば彩愛だ。
しかも神のいたずらとは随分大きく出たものだと勇人様と史お兄様が無表情になる。
「ついに正面切って喧嘩を売りに来ましたわね」
「麗奈様がいなくて退屈なのかしら」
紫呉姉妹が黒い笑みを彩愛に見えない位置で浮かべる。
「学園にいるよりも、お怪我で入院しているご夫君の元にいたほうが安心なのではないでしょうか?」
「また水害にあったら母体に悪影響だからね」
爽やかな笑みを浮かべ、優しいことを言っているように見せかけて排除しようとしている美琴様とミカルお兄様。
「神のいたずらはなくはないですが、不思議ですわね」
そう言って彩愛は再び史お兄様によって口元に運ばれたケーキを口に入れた。
そしてこの日の夜、彩愛と史お兄様の婚約についての正式な書類が両家で交わされた。




