063 二年目6月
「ねえユングリング様」
「何かなミイ様」
生徒会室で放課後執務をしながら、美衣は横に横に座る副生徒会長であるユングリング様に声をかける。
新生徒会は史様を生徒会長とし、副会長にユングリング様、会計に美衣、書記二人に今年進学した庶民の成績優秀者を据えている。
常盤様と安藤様は花嫁修業が忙しいのだが、新風紀委員の委員長と副委員長に就いてくれており、その下には生徒会と同じように庶民の成績・品行優秀者が入っている。
これは篠上様…今は飯近様が生徒会長を辞め、史様に後任を任せたいと言ったからだ。
史様は条件として生徒会と風紀委員会の総入れ替えを望んだ。
ほかの役員から反論があったためなかなか引継ぎは進まなかったが、飯近妃花様の怪我と結婚、それに妊娠発覚でそれどころではなくなったらしく、半ば乗っ取るように人員の入れ替えを行った。
生徒会と風紀委員会を一新して以降、学園はつかの間の平穏を取り戻していた。
以前は各所で起きていた騒ぎも収まりを見せている。
だが、無くなったわけではない。
ただ高等部全体で問題行動をとっている生徒の存在を無視しているのだ。
あまりにもひどいようであれば教師を通じて各家に通達している。
未だに飯近妃花様は史様に秋波を送り、接触を試みようとしているが、史様は拒絶するような態度を取っていた。
そう、取って『いた』。
「私この部屋にいると幸せが巻き添えで逃げてしまいそうで」
「わかるよ。家でもあの調子でね」
「まあ、それは大変ですわね」
「心のこもってない同情をありがとう」
「うふふ。それにしても明日は文芸会だというのにあの体たらく、どういたしましょうね」
「ミイ様が一発殴れば目が覚めるかもしれないよ」
「まあいやだわユングリング様。梨花様ではないのですからそのようなこといたしませんわ、せいぜい平手打ちですかしら」
「おやおや、フヒトの友人はなかなかにバイオレンスだね」
「よほどのことがなければいたしませんわよ」
ふふふ、と笑ってから視線を生徒会長席に向ける。。
そこにはどんよりとしたオーラを背負い、数分間に一度溜息を吐きつつも、黙々と書類を処理する史の姿がある。
「乃衣に言われて以降、本当に最低限しか彩愛様に会っていないそうですわね」
「ああ。フヒトのモアも高笑いして賛成してたよ」
「それで、あの様ですの。情けないですわ」
「あの顔で明日の文芸会でアヤメに会う気なのだろうかな」
「それはいけませんわね」
美衣はやれやれと立ち上がり、史様の前に立ち執務机を両手で思いっきり叩く。
「っ…美衣様、いきなり驚くじゃないか」
「気もそぞろな史様、いい加減シャキッとなさいまし。でなけれまその腑抜けた顔を少しはましになさいまし」
「腑抜けって…、美衣様ひどすぎないか?」
「まあご自覚がないんですのね、朝鏡はご覧になって?目の下に隈のできた寝不足の暗い顔でしてよ」
美衣の指摘に史様が執務机の引き出しから手鏡を取り出す。
「……ああ、確かにひどい顔だな」
「ようやく自覚なさったんですの?ついでですがここ最近飯近様の奥方の接近をお許しになっていたのには気づいていらっしゃる?」
「は?」
「ああ、やっぱり気が付いてなかったか」
美衣の横にユングリング様がいつの間にか立っていて、盛大にため息を吐く。
「以前は寄ってくるだけで不機嫌だったのに、ここのところ無気力というか無関心で、傍にいて彼女がしゃべっても適当な相槌を打っていただろう」
「いつ?」
「いつというか…ここのところずっと?」
「そうですわね。昼食は流石に取り巻きと食べているようですが、休み時間などよく近くで一方的にしゃべってますわね」
「うそだろ」
そういって頭を抱える史様にこちらが溜息を吐きたくなってしまう。
「そんなにアヤメ不足ならさっさと自覚すればいいんだよ」
「だからその自覚がわからん。俺は彩愛を妹のようにかわいがってるが、乃衣様やお前たちはそれでは満足しないんだろう?」
「はあ…あら、やだ」
思わずため息を吐いてしまい咄嗟に口元を隠す。
「皆して俺をロリコンにしたいのか」
「僕がアンネと婚約したのは7歳の時だけど」
「知ってるが、その時はミカルも7歳だっただろう」
「年の離れた婚約なんてよくある話ではありませんか」
「そりゃそうだけど」
それでもどうしても自分が彩愛様と婚約をすれば、周囲からロリコン扱いされると史様は溜息を吐く。
「……ねえ史様」
「ん?」
「何も知らないで彩愛様が婚約されたと聞いた時、ご自分が蒼白になって今にも倒れそうになってたご自覚があって?」
「え、ああ…あの時は驚いたから。でもすぐに条件と期限付きのものだって聞いたからね」
「そうですわよね。で、聞かされる前は本当に驚いただけですの?」
「そうだけど?」
「ユングリング様、私どうしたらいいのでしょう。今ものすごく史様をぶちたいですわ」
「ああ、令嬢にそんなことはさせられないね。僕が代わりに打とう」
そんな声と共に止める間もなくユングリング様が史様の頬をぶった。
実にいい音がすると感心してしまう。
「ああ神よ。この愚鈍な我が友にどうか光を」
「ミイ様は優しいな。僕はこのままなくしてから嘆きわめけばいいとまで思い始めているよ」
「まあ怖い」
うふふ、あははと笑いあう美衣とユングリング様を前に、ぶたれた史様は呆然とするのであった。




