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「彩愛様、ご存知ですか?」
「なんでしょう?」
「飯近様の奥方のことですわ」
「どうかなさいましたの?」
首をかしげる彩愛に美琴はクスクスと笑う。
「飯近様がお怪我をなさったでしょう?」
「ええ、階段から落ちらのでしたわね。幸い命に別状はないとか」
「でも入院が必要なお怪我で、賀口様の病院に入院なさってるのですが、奥方は看病やお見舞いもろくにせず、親しい男子と仲睦まじくなさってるんですって」
「まあ、それは飯近様はご不安でしょうね」
「それだけじゃありませんのよ彩愛様」
乃衣様がカップをテーブルに置いてにっこり笑みを浮かべる。
「水上様にも頻繁に接触なさってるんですって」
「まあ…」
ここのところ、史お兄様からの連絡はほとんどなく、それこそ『王花』のトップ同士の連絡事項ぐらいしか接触がない。
昼食も別にとるとだけ言われ、彩愛達は今までのテーブルとは別のテーブルで食べるようになった。
「新しい生徒会になってお忙しいのに、迷惑だとお姉様が言ってましたわ」
「そうですの」
「けれど、以前のように水上様が拒否することがないんですって」
「まあ、そうなんですの?」
「積極的に接するということはないらしいですが、かといって拒絶される様子もないとか」
そこまで言って乃衣様はにっこりと彩愛を見る。
「ねえ彩愛様」
「なんでしょう?」
「もし水上様が飯近様の奥方とご親密になってしまわれたら、どうなさいます?」
その言葉に彩愛は目をぱちくりとさせる。
そんなことありえないと思っているからだ。
「どうと言われましても、起きていないことをどうこう言うことはできかねますわ」
「そうですの」
彩愛の様子に乃衣様だけでなく、美琴様と勇人様もすっと目を細めたのちに笑みを浮かべる。
「でも飯近様の奥方、悪阻が終わったのに授業を休みがちなんだそうですわ」
「妊娠による体調不良でしょうか」
彩愛の母親もそうなのだから不思議ではないと彩愛は首をかしげるが、美琴様は緩く首を振る。
「母子共々健康だそうですが、なんでも精神的不安によるもので、保健室で親しい殿方と二人でお話しなさってるんですって」
「まあ」
初めての妊娠で不安になっているのかもしれない。
彩愛は自分の母親が妊娠中の体調不良や産後の肥立ちが悪胃ということがあったため、妊娠中の精神不安や体調不良を素直に信じてしまう。
そんな彩愛に美琴達は笑みを浮かべ、違うと否定する。
「言い訳ですのよ。飯近様の奥方はそう言って殿方と二人っきりになりたいだけなんですわ」
「まあ、それは……不義ではありませんの?」
「もちろん。だがそのスリルを好む人もいるとか」
「私にはわかりかねますわね」
彩愛の言葉に友人達は頷き、話題は6月の文芸会へと移っていった。