055
彩愛達の会話に、史はどこか焦りを覚える。
具体的に何がなのかはわからないが、漠然とした不安があるのだ。
「ひい御爺様、お時間よろしいでしょうか?」
「よかろう」
公表していないといことは人にあまり広めたくない話なのだろうと、史は休憩用の客室にひい御爺様を連れていく。
すぐに使用人が飲み物と軽食を用意してくれ、二人はソファに向かい合って座る。
彩愛の家は水上の家ほどでなくとも、敷地面積の大きさや客室の多さは流石と言えるものだ。
ただ、代々伝わる日本家屋を改築して言っているので、一つ一つの客室は水上家のものよりも小さい。
その分、日本古来の美を表現してある部屋は海外からの客に人気だという。
「単刀直入に聞いてもよろしいでしょうか?」
「うむ」
鷹揚に頷くひい御爺様は用意されたグラスに自分で氷を入れ、ウイスキーを注ぐ。
妙になれたその動きに、少し驚きながらも史は口を開く。
「彩愛の、俺に話していない話というのは、なんなんでしょうか」
「なぜ儂に尋ねるのか?アヤメに直接聞けばよかろう?」
「……それはっ」
史は言われて気が付く。どうしてひい御爺様に尋ねたのか。
今までのように彩愛にどうして尋ねなかったのか。
そもそも、彩愛の弟のことも聞いていなかった。
今までなら一番に史に教えてくれていただろうに、どうしてだろう。
「驕りじゃの。あの年頃の子供にとって年上の兄貴分よりも友人のほうが親しくなるのは当然であろう」
「それは、そうですが…」
「そんなにアヤメに隠し事をされるのがいやか、フヒト」
嫌か、嫌でないかと言われれば…。
「気に入りません」
史のその言葉にひい御爺様は目を細め、フっと笑う。
「ミカルから聞いておる。アヤメとの婚約を拒絶したそうではないか」
「それはっ彩愛はまだ…今日で8歳になったばっかりで」
「いいわけじゃな」
「なっ」
「のうフヒト。儂はアヤメが愛しい、もしかしたらリーリアよりも愛しく思っておるかもしれん」
「ひい御爺様?」
何を言っているのだと史が言葉を探すと、ひい御爺様はグラスの中の液体を飲み干し、テーブルに置く。
「そうじゃの、フヒトも『G・A』のことは知っておるな」
「はい」
「ユングリングが創設したブランドじゃが、その意味を知っておるか?」
「不勉強で申し訳ありません」
「Grace・Amanda。アヤメのためのブランドじゃ」
「………彩愛の、ための」
「昨年まで、その会長はリーリアであった。今はその権利をアヤメに譲っておる」
知っているだろう、とひい御爺様は言う。
アヤメにひい御婆様が所有財産を生前贈与していることを、と笑う。
「ユングリングは、我らの森で生まれた愛しい子を手放す気はないのじゃよ」
「ひい御爺様?」
それは史が見たことのない、ジュール・ユングリングの顔。
策略をめぐらし、多くの企業や家を支配する男の顔。
「自ら権利を投げ捨てた小僧が、驕りと自尊心だけは一人前じゃの」
話しは終わりだとひい御爺様は史を置いて部屋を出て行ってしまう。
結局、ほとんどわからなかった。彩愛が史に隠していることは、『G・A』のことなのだろうか?
何と言っていいのかわからない不快さに、客室で一人史はこぶしを握り締めた。




