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「彩愛様お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
4月の終わり、彩愛の誕生日会が開かれた。
婚約発表もない上に、母親が妊娠中のため大きなものではなく、ごくごく内輪でのものになっている。
それでも、数十人参加するものとなっており、着飾った彩愛に友人たちがあいさつできるようになったのは、開始から数十分経ってのことだった。
「昨年より規模は小さめとはいえ、やはり皆森のご令嬢となるとにぎやかな誕生日パーティーになりますのね」
「ユングリングの御爺様方が参加なさってるいますので、あとは会社関係がいくつかですわね」
「ふふ、そういえばあのお話は水上様はご存じですの?」
「いいえ、あまり大きくしてもしかたがありませんもの」
「よろしいので?拗ねてしまわれるのでは?」
「まあ、ふふふ」
彩愛達の意味深な会話に、近くにいた史お兄様が水上関連の企業の方との会話をしながら彩愛達のほうに耳を傾ける。
「まだ時間がありますものね」
「そういえば、検査で弟君と判明なさったんですってね」
「ええそうなんですの。皆森の後継者が生まれると今から楽しみにしておりますのよ」
「お母様も以前よりはご体調がよくなったとか」
「そうなんですの。父共々ほっとしておりますわ」
彩愛達の会話を盗み聞きしていた大人たちがざわりと動揺する。
婚約破棄になったことで、皆森の家は彩愛が継ぐのだと誰もが思っていたのだ。
だからこそ、顔つなぎにこの誕生日会に参加したといっても過言ではないほどだ。
史も、彩愛は皆森を継ぐ気なのだとばかり思っていた。
だからこそ、毎日のあの過密スケジュールをこなしているのだと、そう考えていた。
ただ、その会話に平然としているのがミカルお兄様やユングリング家の参加者たちだ。
春休みの間にでも彩愛に聞いていたのか、神に聞かされていたのかもしれない。
そんな彩愛達にユングリング総帥夫婦が近づいてくる。
「話に混ぜてもらってもいいかな?」
「もちろんですわジュール御爺様」
「ジュール様、先日は楽しい時間をありがとうございました」
「充実した日々を過ごすことが出来ました」
「リーリア様も、本当に楽しい春休みを過ごすことが出来ましたわ」
子供たちの言葉に総帥は嬉しそうにうなずく。
「君たちがあの森に受け入れられたようでなによりだ。君達ならいつでも好きなだけ滞在してかまわないよ」
「まあ!嬉しいですわ」
「ありがとうございます」
「もったいないお言葉ですわ」
またもや大人たちがざわつく。
ユングリングの総帥自らが彩愛を溺愛しているのは周知の事実だが、ここにきてその学友も気に入られているらしい。
なかでも勇人様は神道系の家系。ユングリング家との相性はいいのかもしれない。
「ミコト、新しいデザイン画がたくさんありますのよ。パーティーの後で時間をいただけるかしら?」
「ええもちろんですわ。『G・A』の新しいデザイン画を見せていただけるなんて夢のようですわ」
そのデザイン画はもれなく彩愛のための物なのだが、人気ブランドの未発表のデザイン画を見せてもらえるほど気に入られているのかと、周囲の大人たちは美琴様達を恐ろしいものを見るような目で見つめる。
「ああ、そうだアヤメ」
「はいジュール御爺様」
「今年の夏休みも我が家に来るようにの」
「ええ、そのつもりですわ」
「良ければ友人も一緒に来るといい」
「ぜひそうさせていただきますわ」
「お言葉に甘えさせていただきます」
「うれしいですわ」
ユングリング総帥の言葉を断るわけもないが、まるでわかっていたかのような言葉に、史は目を瞬かせる。
今年の夏休みは彩愛を誘って海にでも行こうと計画していたのだが、この様子では日本国内で実行できそうにない。