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「お姉様、いかがなさいましたの?」
「史様に聞きましたわ。ばれてしまったのではしかたありませんわね」
「何が仕方がないのでしょう?他の方々も…いったいどういうことですの?」
乃衣様のお姉様である美衣お姉様他、高等部の『王花』の方々が初等部の『王花の間』にやってきた。
「史お兄様、これは何事ですの?」
「んー?向こうにいたくないからこっちにお邪魔させてもらおうって、美衣様が」
「まあ史様ってば私だけが言ったわけではございませんでしょう。それにちょくちょくこちらに来ているのは史様でしょう」
「美衣様がまさか妹の乃衣様に隠しているとは思わなかったし」
「妹にいいところを見せたい姉の心境をご理解なさらないなんて、野暮なお方」
幼稚部から初等部時代に美衣お姉様と梨花お姉様は史お兄様の学友であり、史お兄様の留学中も定期的にメールのやり取りをしていたり、今留学している梨花お姉様とも定期的にメールのやり取りをしているらしい。
そのせいか、他の高等部の『王花』メンバーのお姉様よりも美衣お姉様は史お兄様と親しく接している。
「すまないねアヤメ。あっちの『王花の間』はとてもじゃないが居心地が悪くて」
「あのように場違いな人間がのさばるような場所では休めませんわ」
「追い出してしまえばいいのでは?」
「乃衣、数の暴力というものを知っている?」
「もちろんですわ」
「史様とユングリング様を加えても、私たちは5人。数で負けてしまいますのよ」
吉賀様のように大声を出して無理やり追い出したりということは淑女教育のせいでできず、警備のものを呼んでも篠上様達がなんでもないと警備担当を追い返してしまうという。
「だからって、なぜ初等部に…」
「あら。だって初等部の『王花の間』が一番広いのよ。もともと今年度の高等部の『王花』のメンバーが多すぎなんですわ。部屋が狭く感じて仕方がないもの」
「とかなんとかいって、美衣様は乃衣様を構いたいのですわ」
「年の離れた妹がかわいくて仕方がないんですって」
「茜様っ由里様っ」
高等部のお姉様方に言われて、美衣お姉様の顔が赤くなる。
「まあ皆様がいいのでしたら、こちらにいらっしゃるのは構いませんけれど…」
そう言って彩愛は高学年組に視線を動かす。皆様が少し戸惑ったような、それでいてしっかりと頷いたのを確認して彩愛は再び史お兄様に視線を戻す。
「それにしても史お兄様、敵前逃亡というものをご存じでしょうか?」
「戦略的撤退というものを知っているかな」
「アヤメ、フヒトはがんばったよ」
「俺は言葉の通じないエイリアンは相手にしたくないんでな」
「皆森様。本当に史様はがんばってましたのよ。日々の佐藤様の猛攻と篠上様達の嫉妬を受けながら、なんとかしようとなさってたのですが、やはり数の暴力というのは強くって」
「親の権力や神の力を使えば一発なのに、なんのプライドか使わないんだよね」
ミカルお兄様の言葉に彩愛は、にっこりと笑みを浮かべるが、内心わずかに焦りを浮かべる。
すでに親の権力や神の力を借りた彩愛である。
責められることはないとわかっているが、なんとなく気まずい。
それぞれが思い思いの場所に移動するが、やはり一番いい席には彩愛と史お兄様、ミカルお兄様が座る。
給仕の人が何事もなかったようにそれぞれの前に飲み物を置く。
「ああそういえばアヤメ」
「はい」
「バストアップの方法をフヒトに相談したんだってね」
「はイ?」
ミカルお兄様の言葉に彩愛は声が裏返ってしまい、部屋のあちこちから咳き込む声がする。
「アヤメの胸は大きいほうだし、なんなら他のほうほ」
「ストップっストップですわ」
彩愛は顔を真っ赤にしてミカルお兄様の言葉を遮ると、ぎろりと史お兄様を睨みつける。
「ちがっ俺はそんなこと言ってないぞ」
その言葉に今度はミカルお兄様を睨みつける。
「いやいや。アヤメがミルクを飲むのは昔フヒトがミルクを飲むとバストアップになるって言ったからだって、言ってたよね」
「史お兄様っ」
「違う、あれはちょっとした誤解で」
「何が誤解ですの?」
彩愛は涙目になって史お兄様を睨みつける。
「留学中にそういう話になったときについ」
「つい?…つい言ったんですのね」
「いっ……………た」
彩愛は涙目で席を立ちあがり、乃衣様と美琴様の間に座って史お兄様から視線をそらす。
その後、彩愛の機嫌を戻すまでの数日間、史お兄様は風の神にはからかわれ、母親祖父母に呆れられ、美衣お姉様たちに侮蔑の目で見られ、ミカルお兄様に同情されたらしい。




