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史お兄様達が帰った後の初等部『王花の間』には、何とも言えない空気が流れている。
給仕の人が気を利かせ、全員の飲み物を交換したり、流れる音楽を明るいものに変えてくれるが、残されたメンバーの空気はどことなく乾いたものになっている。
「彩愛様、こんなことってあり得るのでしょうか?」
「佐藤様の行い、まるで嫌な物語を見ているようですわ」
「そう、ですわね…」
彩愛は溜息を隠すようにホットミルクに口をつける。
高等部での出来事はできの悪い喜劇を無理やり見させられているようで、気分のいいものではない。
「魅了の神、というのはいらっしゃいませんよね?」
「いらっしゃいませんわね、私の記憶するところでは、ですが」
「では何か精神操作系の神が佐藤様に加護を与えている可能性は?」
「精神操作なら、高位の神であれば可能でしょう。けれども、私は佐藤様の周囲に神の力を感じたことはありませんわ」
「御使いや、精霊の可能性はいかがでしょう?」
「どうでしょう…。勇人様はなにかお感じにあったことはございまして?」
「いいえ、感じたことはありません。むしろ、そこだけ神気が避けているような気配さえ感じました」
伝統ある『王花』を庶民が乗っ取る。あってはならない事態が起きている。
もはや高等部だけの問題では済まないだろう。
史お兄様方が忠告しているのにもかかわらず、態度を改めない。それどころか今の状態を当然と受け止めている。
なぜ史お兄様達が部屋を出なければならないのか。
「今思えば、吉賀様の存在は大きいものでしたのね」
「少しきつめで、なにかと厳しい方ですが、それでもあの方は『王花』にふさわしくあろうとなさってましたわ」
「ええ、少し気が強い方でしたが篠上様から長年受けていた扱いを思えば、わからなくもありませんでしたわ」
「彩愛様をないがしろにしたことは許せないが、ある意味まっすぐな方だからね」
彩愛は席を立って近くに活けられている梅の花に触れる。
「皆森彩愛が望みます。佐藤妃花様の真実を」
そういったとたん、扉と窓が閉められているはずの室内に風が巻き起こり、彩愛を背後から抱き着くように、薄桃色の十二単を着た長い黒髪の7歳ほどの少女が現れた。
『彩愛が我に望むとは珍しい。なんじゃ?その佐藤妃花なるものを亡き者にするのか?』
その言葉に、彩愛以外の全員がぎょっとしたように少女を見る。
彩愛が呼び出した存在がいうと、冗談に聞こえないのだ。
「いいえ花の神。私が望むのは佐藤妃花様の真実ですわ。彼女の思考、彼女の行動、彼女の目的ですわ」
『ふむ。よいじゃろう、我に任せるがよい。木の精、花の精に聞けばすぐにわかるじゃろう』
コロコロと笑ってから花の神は姿を消す。
「あ、彩愛様…」
「佐藤様は名に花を持つお方です。風の神にお尋ねするよりも穏便になるとおもったのですが…」
亡き者発言でそんなことはなかったようだと彩愛は困ったように笑う。
「流石に心の中まではわからないでしょうが、部屋に活けられた花などから独り言があればわかると思いますわ」
微笑んでいう彩愛に美琴様達は頷くが、高学年のお兄様が恐る恐る手を上げる。
「どうなさいました?」
「思ったんですが、庶民の女生徒の部屋には花が活けられているのでしょうか?」
「え」
「いや、家全体で見ればあるとは思うのですが、小説や映画などでみる庶民の部屋にそういったものがあることが少ないので」
「……あら、まあ」
彩愛は予想外だと目を瞬かせ、乃衣達も自分の部屋に草花が置かれるのを当然と思っていたので、驚いたように顔を見合わせた。