043
史お兄様達と『王花の間』で楽しく談笑していると、部屋のドアが勢いよく開かれた。
「貴女っ何を勝手に!」
給仕の人がすぐさま扉を開けて入ってきた女生徒、佐藤妃花を止めようとするがその手をかいくぐってこちらに近づいてくる。
すぐさまノーマンディー様がミカルお兄様の前に出、勇人様が立ち上がって彩愛の前に立つ。
「水上様ー、探しちゃいました」
随分と甘ったるい声を出しながら史お兄様を見る佐藤様の姿に、彩愛は思わず史お兄様の腕にすがってしまう。
その様子に佐藤様は眉間にしわを寄せ、勢いを止めずに近づいてくる。
「お待ちください!」
給仕の人が今度こそ佐藤様の腕と掴んでその動きを止める。
「なんですかっ触らないで!」
「勝手に入られては困ります!ご退室ください!」
「はあ?何言ってるんですか?」
何を言ってるのだと言いたいのはこちらのほうだ。
彩愛達以外のメンバーも突然のことに驚いて動きを停止してしまっている。
「私は水上様にチョコレートを渡しに来たんです。邪魔しないでくれますか?」
どこから力が出ているのかはわからないが、給仕の人の力に負けていない佐藤様に彩愛はある意味感心してしまう。
「ここまでなんて、非常識すぎる」
小声でそう言った史お兄様がそっと彩愛の手を安心させるように撫でる。
「君、ここがどこかわかってのその行動か?」
「えーっと、初等部ですよね。水上様こんなところまで来て大変ですね」
「初等部の『王花の間』だ。高等部のと違って、いや、高等部の『王花の間』も君が勝手に入室する権利なんかない」
「あら、京一郎君達がいいって言ってくれてるんだから大丈夫ですよ。水上様が最近来てくれなくて寂しいです」
どうやら佐藤様は高等部の『王花の間』に自由に出入りしているらしい。
「君が来るせいで心が休まらないからな。俺たちだけじゃない、美衣様達だって行かなくなっただろう」
「そんなのあの人たちの勝手ですよ。私は水上様ともっとお話ししたいんです」
「皆様!ご無事ですか!?」
「その女生徒です!すぐに追い出してくださいまし」
高学年のお姉様が警備に連絡したらしく、3人の警備担当が部屋に入ってくる。
すぐさま佐藤様を二人掛かりで抑え込み、引きずる。
その際、手にしていた包みが床に落ちたのを彩愛は目にする。
「離して!ちょっと、私のチョコっ!離してよ!」
「お怪我はありませんか?」
警備の人に引きずられて佐藤様が部屋を出たところで、残った警備の人が連絡をした高学年のお姉様と何かを話した後に佐藤様の落とした包みを拾って部屋を出ていった。
給仕の人が止められなかったことを詫びてきたので、今回のことは責任不問であることを伝える。
「すまない」
疲れたような表情の史お兄様がそういうので、彩愛達は顔を見合わせる。
「なんでも手作りのチョコレートをフヒトにプレゼントするのだとかいって、昼食後からしつこくてね」
「ここまで追いかけてくるとは、流石に思わなかった」
「手作り、ですか」
「信じられませんわ。水上様に手作りのお菓子を召し上がっていただくなんて」
「何が入ってるかわかりませんわ」
「まったく、彼女の常識はずれには俺たちも困ってるんだ」
「篠上様方が甘やかすのが悪いのではありませんか?」
「それもあるだろうな」
「あの、高等部の『王花の間』にお姉様が行かなくなっているというのは本当ですの?お姉様からは何も聞いていなくて…」
「美衣様も流石に『王花の間』で庶民が女王様気取りでいるとは言えないか」
史お兄様の言葉に乃衣様が絶句する。
「吉賀様が毎日来ていたころは流石にこんなことはなかったんだが、彼女が留学の手続きで来なくなって増長したみたいだ」
留学自体は教師陣の説得により、3月の卒業式をまってのことになったが、手続きや留学先での家の手配などが忙しいらしく、学校にあまり登校していないらしい。
「どうして庶民の佐藤様がそんな風になっておりますの?」
「篠上様たちのせいだな。去年から何度か出入りして、そのたびに吉賀様と言い合いになってたんだが」
「そんなことって…」
「あの方々は伝統を何だと思って…」
「史お兄様で止めることはできませんの?」
彩愛の言葉に史お兄様はすでに何度か忠告しているという。
それでも『王花の間』で女王のようにふるまう佐藤様や、それを許す篠上様の態度に嫌気がさしここのところ『王花の間』に行かなくなっているらしい。
その言葉に彩愛達は今度こそ呆然とし、彩愛は愛用の扇子で開いた口元を隠した。




