038
ドン、という衝撃と共にバシャッと液体が顔にかかり、頬や顎を伝ってドレスに流れていく。
「いたーい」
すぐ後ろから佐藤妃花の声が聞こえるが、彩愛は今自分に起きたことに驚いて目を瞬かせてしまう。
「彩愛様!」
美琴様と乃衣様がすぐさまハンカチを取り出して頬をぬぐってくれる。
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、手にしている華奢なカクテルグラスを見る。
中にあったノンアルコールカクテルはほとんど残っておらず、視線を自分のドレスに向ければアクアブルーのドレスに赤い染みが出来てしまっている。
「皆森ちゃんひどいっ足をかけるなんて」
顔をぬぐうのが終わったのか、頬から離れたハンカチは赤く染まってしまった。
「せっかくのドレスがっなんでこんなことするの?」
背後から聞こえる声に振り向けば、ピュアホワイトのドレスに薄ピンク色の染みをつけた佐藤妃花が座り込んでいる。
彩愛は首を傾げ、佐藤妃花の手元にあるシャンパングラスを見る。
なるほど、あの中身が服にかかったのだろう。
「彩愛様が足をかけただなんて、いいかがりをよくもおっしゃいますわね」
「僕たちと話していた彩愛様が後ろから来た佐藤様に足を引っかける?随分と無茶をいう」
「そちらが彩愛様にぶつかっていらしたのでしょう」
「ち、違うわ!私本当に」
佐藤妃花の声が少し大きいせいで、周囲の視線が彩愛達に集まる。
そして彩愛のドレスの惨状に眉をしかめる。
「ドレスが汚れてしまいましたわね。私は先に失礼いたしますわ」
彩愛は佐藤妃花を一瞥した後、手にしていたグラスを近くのテーブルに置き、こちらを見てくる人へ見本のようなカテーシーを見せ会場の出口に向かう。
友人も彩愛の後を負う。
すれ違う全員が彩愛のドレスに目を見開き、開いた人垣の先にいる、未だ座り込んでいる佐藤妃花に顔をしかめる。
何人かが周囲を見渡し、史たちの姿を探すが、会場の端のほうにおり、こちらに気が付いていないらしい。
会場を出て扉が閉まっても彩愛は歩き続ける。
早歩きになる自分に自覚しつつも、大講堂に併設されている更衣室に駆け込む。
さすがに勇人様は入ることが出来ず、扉の外で見張りをしてくれるらしい。
「彩愛様、大丈夫ですの?」
「せっかくの御召し物が」
「大丈夫ですわ。少し、驚きましたけど」
彩愛は自分の心臓がどきどきしているのを自覚しているが、それを悟られないように笑みを浮かべる。
佐藤妃花に嫌がらせをされたことよりも、史に贈られたドレスを汚してしまったことで手が震えてしまう。
こんなことは今までもあった。史からもらったドレスを汚したことだってある。
だからこんなことは大したことではないと自分に言い聞かせる。
「お手伝いいたしますわ」
「お願いいたしますわ」
背中のボタンやリボンベルトをはずしてもらい、ドレスを脱ぐ。
脱いで改めてドレスを見るが、染み抜きしてももう着ることはできないだろう。
「お似合いでしたのに」
「佐藤様へ正式に抗議いたしましょうか?」
「いいえ、捨て置きなさいまし」
「でも」
「よいのですわ。私の油断が招いたことですもの」
彩愛はそう言って深い溜息を吐いた。