036
夜、史は落ち着かず眠りにつくことが出来ずにいる。
皆森家に泊まっているからというのは考えにくく、何度か深呼吸を繰り返したり、部屋の中をうろついてみたりするが、やはりどこか落ち着かず眠気がやってこない。
青少年特有の事情というわけでもなく、史は何度目かわからないため息を吐いて、冷たい風に当たろうと窓を開ける。
12月の初旬とはいえ、風は冷たく史の顔を撫でていく。
冷たい風に当たっていると、少しは気分が落ち着く気がしてしばらくそのままでいると、部屋全体がすっかり冷えてしまった。
温かく準備されていたはずのベッドも冷えてしまったようで、準備してくれた使用人に悪いと感じてしまう。
ベッドの布団をめくってみれば、中はまだ温かい。
今度こそ眠るために横になろうと思ったところで、控えめにドアをノックされる。
ドアを開けてみればそこには体に対して大きな枕を抱えた彩愛が立っていた。
「あのご迷惑でなければ、昔みたいに一緒に、えっと…あの…」
枕まで持ってきていて、ただ様子を見に来たという言い訳が出来ず、彩愛は自分でも何を言ったらいいのかわからないようで、持っている枕に顔をうずめてしまう。
「昔みたいに一緒に寝ようか」
「はい!」
彩愛は枕から顔を上げて、ほっとしたような笑顔を史に向ける。
すぐに部屋の中に招き入れると、彩愛は驚いたように周囲を見渡し、枕を抱く腕に力を籠める。
「ああ、ごめん。さっきちょっと風に当たりたくて窓を開けてたんだ。エアコンつけるよ」
「だ、大丈夫ですわ。すぐに寝るんですもの」
見れば時計は23時を示しており、普段の彩愛なら寝ている時間だろう。
「ひゃっ」
めくったままの布団に入った彩愛が声を上げる。
部屋が冷えているのだから、めくったままの布団も冷たくなっているのは当然で、史は己の失態に頭を抱える。
「ごめん、やっぱりエアコンつけて暖めよう」
「大丈夫ですわ。一緒に寝ればすぐに暖かくなりますもの」
彩愛はそう言って史の枕と自分の枕の位置を調整して、めくれ上がっていた方にもぐりこんで布団をかける。
その様子に史は苦笑し、まだ体を起こしている彩愛の後ろにある枕を交換し、彩愛の体を抱き上げるとまだ布団がかかっていたほうに下す。
「史お兄様が風邪をひいては大変ですわ」
「彩愛が風邪をひくほうが大変だ」
「でも我が家に滞在して体調を崩したとあれば、沙良お母様に合わせる顔がありませんわ」
「俺のせいで彩愛が風邪を引いたなんてなったら、俺はお母様になんていわれるかわからないな」
史が引きそうにないとわかると、彩愛はもぞもぞと布団にもぐりこみ、頭を枕に置く。
その横に史も入り、同じように枕に頭を置く。
「史お兄様と一緒に寝るの久しぶりですわね」
「2年前だったか?」
「そうですわね。史お兄様が一時帰国したときに水上家にお邪魔した時以来ですわ」
「あのころから考えたら、彩愛は大きくなったな」
「ふふ、もう7歳ですもの」
「そうだな、やっと7歳なんだよな」
その行動や佇まいから、もっと年上に思えてしまうが、彩愛は7歳でしかない。
それなのにこの広い家に使用人がいるとしても一年のほとんどを一人で暮らし、毎日過密なスケジュールをこなしている。
自分が初等部の1年生だった時でももう少し余裕があったし、両親は忙しくしているが繁忙期や出張などがない限り、夜は家にいたし朝食は一緒に取っていた。
7歳までに死ぬかもしれない、その不安から彩愛との過度の接触を恐れていると母に聞いている。
そして今は新しい接し方を模索中だとも。
史が知る限りでは、2歳で日本に帰国した時から今のように過密スケジュールをこなしていた。
死ぬかもしれない、死なないかもしれない。死ななければ皆森の令嬢として必要な教養を与えなければならない。
そして神の寵児という意味を思い知らされた彩愛は、自分の意思を明確に周囲に知らせるような言葉を発しないし、行動もしない。
「すーー、すーー」
考え込んでいる間に寝入ってしまったらしい彩愛の頭を撫でる。
昔のように腕の中に抱き込めば、その体の小ささにため息が漏れそうになる。
こんな小さい子供なのに、せめて自分にはいつも頼ってもらえるようにしなければ。
史は改めて心に思いながら目を閉じた。




