034
『ほう、即日来るとは感心感心』
皆森家を訪ねたとき、彩愛はレッスン中で少し待ってほしいと言われ、応接室で出された紅茶を飲もうとしたときに水の神が現れて思わずむせてしまうところだった。
「ん、んっ。突然訪問する無礼を咎めないのですね」
『おぬしのところの水の神から話は来ておるゆえな』
「……水の神」
『なんじゃ』
「俺が彩愛の気を悪くしているというのは、やはり事実なのですね」
『うむ、そうじゃな。じゃが、まあ……彩愛も年頃の娘子というわけじゃ』
「謝ったほうがいいのでしょうか」
『何を謝る?謝るべきことがわからぬのなら謝らぬほうが良いの。それに彩愛自身も何に心をざわつかせているのかわかっておらぬ』
「そうですか」
水の神は面白そうに史を一瞥し、その後手にしている紅茶に視線を落とす。
ほんのわずかに波打ったカップの中身に史は気が付かない。
『そろそろ彩愛が来る故、励むがよい』
「かしこまりました」
史は水の神の激励にほっと息を吐く。
彩愛の気を悪くさせていることで、神達から冷たい態度を取られることを覚悟していたのだ。
だが家の使用人も、神も史のことをからかいはするが嫌悪していない。
安堵しつつ、彩愛が来るまでに紅茶に口をつけておかなければと、カップの中身を半分ほど飲んでテーブルの上に置く。
そのタイミングでドアがノックされ、使用人に先導された彩愛が姿を現した。
「彩愛、忙しいところすまない」
「大丈夫ですわ史お兄様」
にっこりと笑みを浮かべる彩愛に、史を嫌っている様子はない。
だが、以前であればすぐに横に座ったのに、テーブルを挟んで正面に座った。
「今日はクリスマスパーティーのドレスについていらっしゃったのですよね」
「ああ、任せるといわれたけれどやはり彩愛の意見も聞きたくて」
「意見ですの?」
彩愛は普段自分の意思を明確にすることはない。
そのことを知っているのに意見を聞きに来た史に彩愛は首を傾げる。
「何枚かデザイン見本を用意した。デザイナーに描いてもらった。随分気合が入ったらしくて何十枚とあったぁら、俺の好みで彩愛に似合いそうなものを数枚選んだんだ」
「まあ」
広げられた紙に描かれたドレスはどれもかわいらしく、彩愛に似合うだろうと思える。
「彩愛のドレスに合わせて俺のスーツのデザインも決めようと思って」
「史お兄様はどれがいいと思います?」
「選びきれない。なんだったら全部作らせてもいいぐらいだ」
「それは…流石にどうかと」
「だってどれも彩愛に似合うだろう?」
史は笑って彩愛を手招きする。
一瞬考えた後、彩愛は席を立って史の横に座り直す。
「このドレスはどうだ?」
「かわいらしいですわね」
「こっちはどうだ?」
「大人っぽいデザインですわね」
「これは?」
「妖精のお姫様が来てるようなドレスで素敵ですわ」
どのデザインもいいと彩愛は笑みを浮かべるが、どれがいいかは言わない。
史はそれなら、とすべてのデザイン画を裏返し、シャッフルする。
「彩愛、直観で選んでくれ」
「裏返しではわかりませんわよ?」
「だから直観。どれもいいんだろう?」
「ええ、まあ…」
彩愛はデザイン画の上で手を迷わせ、史を見る。
笑みを浮かべて促す史に、彩愛は眉間にしわを寄せてから、一枚のデザイン画を手に取る。
表にしたそれは、アクアブルーシルクの生地で、胸元はサテン生地でいくつも花がつっくられ、スカートはチュールを何枚も重ね、大きなリボンベルトには牡丹の花をイメージしたコサージュがつけられたものだ。
「ああ、いいな。早速作らせよう」
史が早速デザイン画の番号をデザイナーに送るのを見ながら、彩愛はデザイン画を改めて見る。
このドレスに合わせた史のスーツのデザインはわからないが、きっとこのコサージュや色をそろえるのだろう。
「……お揃い」
ぽつりと呟いた彩愛の声に史が彩愛を見るが、なんでもないと彩愛は笑みを浮かべた。




