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「アヤメ…」
「彩愛、来たか」
彩愛が待機室を出てきたことで、言い合いが止まり視線が彩愛に集まる。
「そろそろ始めませんと、豊穣の神がお気を悪くされてしまいましてよ」
「わかってる。流石に風の神も忠告してくれている」
「そうですの。……では」
彩愛がそう言って騒ぎの中心である佐藤妃花と吉賀麗奈に視線を向ける。
向けられた瞬間、二人はびくりと震える。
佐藤妃花は男子の前だからか、以前のような罵倒を彩愛に向けることはない。
「吉賀様、あまり騒いでは皆様が驚いてしまいますわよ」
「そ、そうですわね。気を付けますわ」
「気高い吉賀様ですもの。今回のことは少し興奮なさっただけですわよね」
「え、ええ…」
「あや……皆森様、麗奈は悪くありません」
「まあ磯部様。そのように吉賀様を庇われて、仲睦まじいのですね」
「……ああ、麗奈は俺の大切な女だからな」
「和臣」
磯部様の言葉に吉賀様は嬉しそうに腕に抱き着く。
「それで佐藤様」
「な、なんですか?」
名前を呼ばれて、怯えるように篠上様の後ろに隠れる佐藤妃花に視線を移す。
怯えたような仕草だが、視線は彩愛を睨みつけている。
「神事に参加されたいというお考え、素晴らしいものだと思いますわ」
「え」
「皆森様はお認めくださるのですね」
「本当!?ありがとう皆森ちゃん!私がんばって参加するね」
「皆森様、まさかこのような者を参加させるおつもりですの?」
彩愛の言葉に佐藤妃花の味方は喜びを浮かべ、他の者は驚きの表情を浮かべる。
その様子を見て、彩愛は手にした扇子を開いて口元を隠す。
「あら、私がいつ参加をしていいと申しましたかしら?」
「え、だって…。今」
「お考えが素晴らしいと申し上げただけでしてよ」
「だから、それは参加を認めてくれたっていうことでしょう」
「いいえ」
彩愛はきっぱりと否定する。
「神事を大切に思うのでしたら、なにも『王花新嘗祭』にこだわらなくてもよろしいのではなくて?ご自宅で神に感謝を捧げてはいかが?」
「皆森様、それは」
「まさか神事を大切になさっているのに、『王花新嘗祭』にだけこだわっているわけではございませんでしょう」
「それは…」
「せっかく篠上様から御召し物をいただいたようですし、お近くの神社に行くのもいいのではありませんか?」
「皆森様それはあまりにも」
「彩愛の提案に俺も賛成だ」
篠上様が何かを言おうとしたところで史お兄様が遮るように口を開く。
「こんなにも神事に参加したいというんだ、その信仰心に神もお喜びになるだろう」
「水上様っ私は皆と一緒に」
『些末なものはいらぬのう』
聞こえた声に彩愛は目を細める。
ついに豊穣の神がしびれを切らしたらしい。
「皆様とご一緒が良いのであれば、篠上様達もご一緒になってはいかが?ねえ史お兄様」
「………そうだな。俺の判断に不服があるのならこちらに参加せずに自分で神事を執り行うといいんじゃないか?」
「そ、そんなことになったら」
「またあんな目にあうのか?」
ざわり、と佐藤妃花の参加に賛成していた面子が佐藤妃花と篠上京一郎から一歩離れる。
「彩愛?」
「問題ございませんでしょう。別の場所で神事を行うのであれば、神をないがしろにしたことになりませんわ」
「なるほど」
彩愛はそう言って篠上様の後ろに隠れる佐藤妃花を見つめる。
「どうぞお引き取りになって?それとも以前のように私が指定したほうがよろしいかしら?」
「ひっ!い、いこう皆」
佐藤妃花と篠上様達は怯えるように彩愛を見ると、慌てて走り去っていった。




