026
ふと目を覚ますと周囲は暗くなっており、目が慣れてきたところで自分の部屋の天井が見えて首をかしげてしまう。
『王花神嘗祭』の時に随分と長い謳いをしたせいか、疲れて倒れてしまったところまでは覚えているのだが、そのあと家に運ばれたのだろうか。
そうだとすると随分周囲に心配をかけてしまった。
起き上がりふと横を見ると夜の神が微笑んでいた。
『よう眠っておった』
「ええ、すっかり眠り込んでしまったようですわ」
『一週間も眠っておった。我らが護っておるゆえ支障はないと思うが、どうだ』
「はい、どこにも問題はない…え?は?一週間!?」
『うむ。体に収まりきらなんだ魂を戻すのに時間がかかったの』
夜の神の言葉に呆然とする。
その瞬間、廊下からバタバタと音がして扉の前で止まり、バンッと音を立てて開かれる。
「「彩愛!!」」
「お母様にお父様まで!どうして?今はパリにいらっしゃるはずでしょう?」
「馬鹿者!自分の娘の一大事にまで仕事をしなくてはならないほど我が家は脆弱ではない!」
「そうです!貴女は一週間も眠り続けてっ」
そういってお母様が泣き崩れてしまう。
彩愛はいつにない両親の姿にオロオロとしてしまい、夜の神はいつの間にか姿を消してしまっている。
お母様の肩を抱いてお父様がベッドの横にやってきて、椅子に座ると恐る恐る彩愛の頭を撫でる。
「水の神が顕現為されて、お前については心配ないと言ってくださったが、それでも心配していたんだよ」
「お父様」
「よかった。本当に良かった」
「お母様」
こんな風に心配されることは、物心ついてから一度もないのでどう反応していいのかわからず、彩愛はされるがまま身を任せている。
この分では相当数の人々に心配をかけてしまっているだろう。
「ああ、沙良にも連絡しないと」
「そうだな。ユングリングの方々にもだ」
「貴女は心配しなくていいのですよ。今は私たちに任せて休んでいなさい」
「大丈夫だ。今回のことは万事私たちに任せておきなさい」
彩愛は両親の真剣な表情にコクリと頷く。
頷いて、しまった。
「では私は連絡をしてこなくてはいけないからもう行くが、またすぐに戻ってくるからな」
「はい」
お父様が出て行っても、お母様は部屋に残っている。
「大丈夫ですよ。お父様がちゃんとしてくださいます」
「はい。……えっと、あの『王花神嘗祭』はどうなって」
「史君が滞りなく終わらせたと聞いています」
「そうですか」
「それにしても本当に良かったこと」
また泣きそうになるお母様に彩愛は首をかしげる。
「7歳を越えることが出来て安心してましたのに、貴女が神の御許に行ってしまうのではないかと、本当に不安だったんですよ」
「お母様…」
「沙良も毎日顔を見に来ていてね、ユングリングの総帥ご夫婦もこちらにいらしてて、水上の家に滞在していらっしゃいますよ」
「私、皆様にご迷惑をかけてしまったんですのね」
「迷惑などではありませんよ。ただ、心配していたのです」
苦笑してそっと彩愛を抱きしめて髪をなでるお母様に身をゆだねて、彩愛は明日は心配をかけた方々に謝らなければと心に思う。
「謝ろうなんて思ってないでしょうね?」
「どうして」
「私もですが、謝ってほしくなどないのですよ。ただこうして貴女が生きていればそれでいいのです」
でも、どうしても何か言いたいのであれば、感謝を伝えなさいと彩愛にお母様は優しく言う。
「お母様」
「なんです?」
「心配をしてくださってありがとうございます」
「ふふ。いいのですよ」
彩愛はお母様へ手を伸ばし、久しぶりのぬくもりに目を閉じた。




