024
僕の友人、ありがたくもそう接させていただいている皆森彩愛様が眠りについたまま目を覚まさない。
あの『王花神嘗祭』から三日が経っている。
高等部の不心得者の尻ぬぐいに、彩愛様は常にない長い謳いを行った。
そのせいか、彩愛様の神気が高められ人の器では納まりきらなくなった。
声が出れば、足が動けば彩愛様を止めることが出来たのに、豊穣の神がそれを許さなかった。
神の加護を受けている諸先輩方も、同じ状態だったのだろう。
特に史様はご自分が進行を務め、祝詞を読み上げる予定だったから余計に彩愛様のもとに行きたかっただろう。
「彩愛様、今日もお休みでしたわね」
「水の神が御護りになっているから、大丈夫だよ」
「ですが、もう三日目ですわ」
「あの不心得者たちのせいで…」
「吉賀様達は王花神嘗祭以降、随分と大人しくなさっているとか」
「あれだけのことを見たんだ。自分たちが誰に向かって無礼を働いてたかやっと自覚したんだろう」
初等部の『王花の間』で主不在なせいか、いつもよりも空気が重く感じてしまう。
あんな騒ぎさえなければ、滞りなく神事は進んだだろうに、佐藤妃花とその取り巻きと化した高等部生徒会の方々には神罰が下されればいい。
いや、豊穣の神がすでに動いているはずだ。水の神に不心得者に残りの贄を求めるように言われていたのだから。
「勇人様、いかがなさいましたの?」
「例の庶民の女生徒と高等部生徒会の方々の動向は掴んでいる?」
「ええ。お姉様の話ではこの三日食事をとれなくなっているそうですわ。食べてももどしてしまうのだとか」
「豊穣への感謝がないのなら、食事など不要というわけか」
「彩愛様が休んでいらっしゃることから、彩愛様が呪いをかけていると騒いでいるらしいですわ」
「なっ!」
あまりのことにに絶句する。
彩愛様が本気で呪いをかければ、彼らの命は一瞬で消え果る。
己の意思を律して、常に人を思いやる彩愛様になんという暴言を言うのだろう。
「例の庶民の女生徒は「こんなのイベントにない」とか「私は悪くない」と騒いでいるそうですわ」
イベントというのはよくわからないが、悪くないということはありえない。
もとはと言えば彼女が分不相応にも、王花神嘗祭に参加したいと言い出したのが原因なのだから。
「これ以上騒ぐようなら、やはり家に圧力をかける必要があるのでは?」
「そうですわね。まずは例の庶民の女生徒から…」
「彼女の家を調べておこう」
「ええ、ご両親には育てた責任というものを取っていただきましょう」
「せっかくこの学園に入れる頭脳を持っているのに、残念なことだ」
「お勉強が出来ても、愚か者は所詮愚か者ということですわね」
「篠上様達もお気の毒に」
「あら、誑かされたのが悪いのですわ」
その言葉にクスリと笑いカップのホットミルクに口をつける。
彩愛様が好んで飲むので、僕たちもそれに倣って飲んでいる。
嗜好をほとんど口にしないので、彩愛様の好みを把握するのは難しい。けれども、ホットミルクにはちみつを入れて飲むこと、そうでなければ果汁100%のザクロジュース。
ちなみにホットミルクを好んでいるのは、女性的理由らしいというのが琴美様の見解だ。
僕から見ると『乳=血』を体内に取り込んで、神気を押さえているように感じる。
彩愛様は、人として生まれて、今もなお生きているのが不思議なぐらいの方だ。
神道系の血筋のせいか、ほかの二人よりも僕には彩愛様の神気が見える。時折彩愛様の周囲に現れる神々も見える時がある。
幼稚部でお会いした時、『ああ、この御方は7歳を前に神の御許に逝かれるのだろう』そう思った。
けれども7歳を過ぎても彩愛様はご健在でいらっしゃった。
神々がどうして彩愛様を現世に留めておくのかはわからない。けれども彩愛様が現世にいらっしゃるのであれば、それに誠心誠意尽くすのが正道だ。
ふと、スマートフォンにつけた根付が目に入る。
神より賜った竜胆の根付。誠実であれとの神のご意思なのだろう。
スマートフォンの根付を握り締めて神へ願う。
どうか彩愛様をまだ連れてゆかないでください。




