023
結局、高等部生徒会の方々は『王花神嘗祭』を欠席した。
『ほう、この神事を随分と愚弄しておるのう』
彩愛の耳元に声が聞こえる。その声に彩愛は手にした扇子で口元を隠して溜息を吐く。
まったくもって反論ができない。
この学園の行事の中でもトップクラスに重要な行事だ。それを集団で欠席したとなれば、神の怒りをかうのも仕方がないことなのだろう。
滞りなく祭事が進んでいき、祝詞を読む段階になったとき、史お兄様の動きが止まる。
『気に入らぬ。彩愛、謳いを所望す』
豊穣の神は随分気を悪くしているらしい。史お兄様の祝詞では気が済まないのだろう。
『彩愛、謳いを。我に謳いを』
史お兄様を見れば額に汗が浮かび上がっている。おそらく声そのものを封じられているのだろう。
空気がさざ波だつ。ミカルお兄様や友人、ほかのお姉様お兄様方に視線を向ければ、全員が口を薄く開けたり閉じたり、喉に手を当てたりしている。
『疾く、疾く。謳いを所望す』
神事の間の空気が重くなっていき、全員の顔色が変わっていく。
「水上史様。この皆森彩愛に謳いをすることをお許しください」
唯一声が出るのが彩愛だけだと一瞬で判断した史お兄様が頷く。
息を吸い、場の空気を整えるように、宥めるように、清め高めるように声を出す。
日本語でもどこの国の言葉でもない言葉で彩愛は謳いあげる。
神事の間の空気が徐々に清浄化されていく。生徒の顔色も徐々に戻っていく。
『ああ、美味じゃ。彩愛の謳いは誠に美味じゃのう。ほれもっと謳いを、彩愛。我が些末を忘れるような謳いを』
豊穣の神はまだ満足しないらしく、彩愛は一時間ほど謳いを続ける。
これほど長く謳いをしたことは流石に経験がなく、彩愛は謳いをしているにもかかわらず意識が広がり、自分が曖昧になっていくように感じる。
『ならぬ』
ガタンッバシャリ、と音を立て用意されていた水玉が転がり中の水があふれだす。
水は浮かび上がり素早く彩愛を包み込む。
『ならぬぞ、豊穣の神』
『邪魔だてするか水の神』
『これ以上の贄は不心得者に求めよ』
この場にいる誰の目にも、豊穣の神と水の神の姿が映る。
睨みあう2柱にまた顔色を悪くする生徒。その声も届いているのだろう。
「………ずの、神」
『彩愛、気を確かに持て』
「……豊穣の、神……うた、いは」
『………よい。彩愛よりの謳いは十分じゃ』
『疾く行け豊穣の神』
『ふん。彩愛、そして子らよ。そなたらの想い確かに受け取った。また収穫後にの』
そういって豊穣の神が消えると、水の神もまた、彩愛を愛しそうに抱きしめた後に姿を消した。
その瞬間、ぐらりと彩愛の体が傾く。
「っ!」
床に倒れこむ寸前で史が抱きかかえる。
「彩愛様!」
彩愛の友人が駆け寄り、脈を取ったり呼吸を確かめる。
「王花神嘗祭はこれで終いとする。各自速やかに神事の間を出るように」
史の指示に全員が頷く、彩愛に心配そうな視線を向けながら神事の間を出ていく。
残ったのは史とミカル、そして彩愛とその友人だけになった。
「これが、神の寵児」
「こんなこと、初めてですわ」
「とにかく彩愛様を横になれるところに連れていきましょう」
「そうですわ!あのように長い謳いの影響がどう出るかわかりませんもの」
「ああ、そうだな」
史はぐったりしている彩愛を抱きかかえると神事の間を後にした。