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「……ええ……はい。……大丈夫ですわ。……ご心配お掛けして申し訳ありません。………ええ、わかってますわ。……お父様達もお体にお気をつけてくださいませ」
通話を終了させて彩愛は深くため息を吐く。
先日の校門前での騒ぎの一件、主に騒ぎの中心人物たちを強制転移させた件で各家から抗議が届いており、当然のごとく両親の耳に入ってしまい彩愛の身を案じる電話がかかってきたのだ。
それとは別に、騒ぎに加担していなかった各人の婚約者の令嬢からは彩愛の手を煩わせたことについての謝罪が届いている。
「彩愛、ため息をついては幸せが逃げてしまいますよ」
「沙良お母様、わかっておりますわ」
「今回の件はあちら側が悪かったと教師の方々も証言しています。彩愛に落ち度はありませんよ」
「けれど、もう少し方法があったのではないかと思ってしまって」
肩を落とすと沙良が彩愛の横に移動してきて背中に手を添える。
「風の神から聞きました。その場で怪我をしたり、消滅させられなかったのですから十分温情にあふれた措置でしたよ」
実際、問題の10人に怪我はなかった。
突然の転移にひどいパニックを起こしていたらしいが、学園に常駐しているカウンセラーが対応して落ち着きを取り戻したらしい。
彩愛はあの後しばらくは学園の生徒から畏怖の目で見られたが、ここのところは以前のように落ち着いてきている。
「史がいれば彩愛にこのような思いをさせずにすみましたのに、まったく小賢しいこと」
沙良お母様は学園の卒業生であり教師陣に旧友がいることもあって、彩愛の友人以上の情報網を持っている。
当然佐藤妃花と吉賀麗奈の対立のことは知っているのだろう。
そして彩愛への生徒の対応が変わってしまったことで、彩愛にストレスがかかっていることも察していたらしい。
今のように沙良自身も忙しいだろうに、こうして彩愛を心配して家に遊びに来てくれている。
「史がそれぞれに事情を聴いたらしいのだけれど、吉賀家の令嬢の意見はともかく、佐藤妃花嬢の話しは支離滅裂だったそうです」
「そうなのですか?」
「ええ、こんなイベントなかったとかほかの取り巻きが出てこないとか。自分の魅力に賀口家の子息が惚れ込んでしまったのは自分は悪くないといっていたのに、魅了するなんて罪な自分といっていたとか」
「……強制転移の後遺症でしょうか」
「ありえませんわね。それにどさくさに紛れて史を誘惑してきたそうです。とんだ女狐ですわね」
嫌悪を隠そうとしない沙良に彩愛は困ったように手を添える。
その手にハッとして表情を改めると、沙良は眉間をもみほぐす。
「史にかかわることならうちの権力でどうにでもできるのだけど、皆森にとなると今はあまり水上が表に出ることができませんね」
「水上の家にご迷惑をかけてしまうわけには参りませんわ」
「あらそのようなこと、(彩愛は将来私の義娘になってもらう予定ですし)私たちの仲なのですから気にしなくてよいのです。貴女のご両親に留守の間目をかけてほしいと頼まれていますしね」
何か含みを持った言い方だが、沙良の好意には何度も助けられているので素直にうれしいと思い笑みが浮かんでしまう。
「それにしても、庶民の女生徒が中堅の家格の令嬢の取り巻きに手を出すなんて。いえ、その前に月影のご令嬢の婚約者にも手を出していましたか」
「そうですわね」
「史やミカルにも秋波を送っているときくし、節操無しにもほどがありますね」
一度佐藤妃花の実家の調査をやり直すべきかというあたり、もうすでに一度あらかたの調査はしているのだろう。
「卒業生として、学園に汚点を残して置くわけにはいきませんので、このことは既卒者の連絡網で回させていただきます」
随分と大事になったと彩愛は目を瞬かせる。
しかし、実際の問題として神が動いている以上、学生の揉め事で終わらせることが出来ないのだ。
神の怒りに触れればその対象人物だけでなく、血族が巻き添えで不幸に見舞われることがある。
あれだけの家の子息と令嬢が関わっているため、万が一のことを考えて神罰が下った際のフォロー態勢を整えておく必要がある。
「彩愛は心配することはありませんよ。いつも通りに心穏やかにお過ごしなさい」
「はい。沙良お母様」




