019
朝、彩愛が登校すると校門を入ってすぐのところに人だかりができている。
呆れたような視線でどこかを見ている友人を見つけて近寄り声をかけることにした。
「おはようございます。皆様校門の近くに集まっていらっしゃって、どうなさいましたの?
「彩愛様おはようございます。あちらをご覧になってくださいませ」
言われて視線で示されたほうを見れば、そこには佐藤妃花様と吉賀麗奈様が睨みあっている。それだけではなく口が動いているので何か言い合いをしているのかもしれない。
朝っぱらから随分と賑やかなことだとは思うが、通行の邪魔なことに違いはない。
高等部の風紀委員は何をしているのかと視線をめぐらすが、その風紀委員も騒ぎに加担しているようでため息が出る。
「いったい何事ですの」
「賀口様が風紀委員長をお辞めになるんですって」
「まあ、そうなんですの」
「それを吉賀様が、佐藤様が原因だと責め立てていらっしゃるんですわ」
「なるほど。それでそれぞれの親しい方が対立するように並んでいらっしゃるのね」
「ええ、賀口様は生徒会に入られるそうですわ」
「ちょうど席が一つ空いてますものね」
梨花お姉様が抜けて繰り上げになったが、高等部生徒会の書記が空席のままになっているので、賀口様がそこを埋めるのかもしれない。
吉賀様が大きな声で佐藤様を責め立てる声が彩愛のところまで聞こえて来たので、段々と大きな声になってきているらしい。
淑女としてどうなのかと思うが、この騒ぎのせいで人が集まりすぎて先に進むことが出来ず校舎に入れない。
誰かが止めなければいけないのだが、高等部の方々に期待することはできそうにない。
「仕方ありませんわね」
「彩愛様?」
「このままでは朝の会に遅れてしまいますわ。先生方もこの程度の騒ぎは生徒の自治に任せる態度をとっていらっしゃるようですし」
傷害沙汰になったらすぐに止めに入れる位置にいる教師陣を見て、彩愛は愛用の扇子を手に持っている鞄から取り出す。
「参りますわ」
「水上様達をお待ちしたほうが良いのでは?」
「そうですわ」
「史お兄様方はあいにく水上家の御用事で本日は欠席でいらっしゃいます」
「まあ。それはタイミングの悪い」
「いないからこその騒ぎじゃないか?水上様方がいればこんな騒ぎを起こすなんて出来ないだろう」
確かに、お兄様方の前では随分猫を被っているとの話もあるので、いない日を狙って騒ぎを起こしている可能性はある。
ともあれと、視線を中央校舎の時計に向ければ、本当に朝の会までの時間が迫っている。
「急ぎませんと」
そう言って彩愛が一歩踏み出すと、人が左右に割れ騒ぎの中心への道が出来る。
彩愛の後ろに友人たちがついてきてくれているのを感じながら、まっすぐに歩いていると、彩愛に気が付いたのか佐藤妃花が一瞬鋭い視線を向けてきた。
騒ぎの中心までやってくると、さすがに気が付いたのか全員声を止めて彩愛を見てくる。
「朝から騒がしいですわ。淑女としていかがなものでしょう。篠上様方も高等部生徒会長として見ていないで止めるべきではありませんか?」
「皆森様。貴女には関係ありませんわ、お下がりください」
彩愛の言葉に一瞬息を飲んだが、すぐさま吉賀麗奈が彩愛をにらみつけて口を開く。
「私もそうしたいのですが、校門付近で騒ぎを起こしていらっしゃいますので、通行の妨げになっておりますの。どうしても続けたいのでしたら横に逸れていただけますか」
「わっ私は悪くないわ!吉賀さんが言いがかりをつけてきてるのよ!」
「そうだ。妃花を責めるのはお門違いだ」
「貴女が優斗様を誘惑したのでしょう!これだから庶民はいやだわ」
「ひどい!」
佐藤様が顔を両手で覆い下を向いてしまう。佐藤様側にいた男子生徒が一斉に傍によって背中を撫でたり髪を撫でたりと慰めている。
その姿に随分と節操がないと思いつつ見ていれば、風森の子息が吉賀様をきっとにらみつけた。
「吉賀!妃花に謝れ」
「麗奈を風森ごときが呼び捨てにするな」
「なんだと!」
磯部様が反論したことであわやつかみ合いの事態になるかというところで、彩愛が覚悟を決める。
「いい加減になさいまし!少し静かになさって!」
彩愛の一喝に騒ぎの中心にいる全員の声が消える。
「皆様それぞれ言いたいことが有るようですが、時と場所を考えていただけますか。そんなにお話し合いがしたいのでしたら高等部の談話室でなさいませ」
パン、と手にしている扇子をもう片方の手に当てて音を鳴らす。その瞬間、騒ぎの中心にいた全員の姿が消える。
ざわりと空気が揺れ、見物していた生徒が彩愛を畏怖の眼差しで見つめる。
「皆森様。あの10人はどこへ?」
「談話室でお話し合いをなさっているのではないでしょうか?」
「そうですか」
教師の一人が尋ねてきたので答えると、すぐさま別の教師が電話で安否の確認をしている。
生死にかかわる発言はしていないので無事だとは思うが、パニックにはなっているかもしれない。
彩愛はざわつく見物人と、そんな生徒を誘導する教師を後目に、友人たちと初等部の校舎へ向かった。




