017
「それにしても日本の女性は皆アヤメのようかと思ったら、そんなことはないんだね」
「彩愛が特殊というのはあるけどね」
「否定はいたしませんけれども」
二人に挟まれてホットミルクを飲みながら首をかしげる。
「もしかして例の、えっと…お名前なんでしたかしら?」
「佐藤様だったかと」
「そうでしたわね。水上様方に突進していらっしゃった女生徒と彩愛様を比べていらっしゃいますの?」
「ああ、彼女そんな名前なんだ」
ミカルお兄様がそういうと、彩愛の友人たちが一気に殺気立つ。
「あのような方と彩愛様を比べるなんて言語道断ですわ」
「ありえない。それはさすがにありえませんよユングリング様」
「前代未聞ですわ。あのような非道徳な方と彩愛様を比べるなんて」
「ゴンゴド、ダン?ゼンダ、イミモ?ヒドトク?」
日本語の四字熟語や慣用句までは網羅していないミカルお兄様が少し腰を引く。
意味は分からないが、3人の怒りをかったことはわかったようだ。
「彩愛のお友達は厳しいね。でもミカル、俺もあの女生徒と彩愛を比べられるのは不快だよ」
「あ、うん。ごめん」
素直に謝るミカルお兄様の様子に少し笑ってしまい、いつも持ち歩いている扇子を広げて口元を隠す。
彩愛が笑ったことで3人の怒りも少し納まったようで、気を落ち着けるためにそれぞれ用意された飲み物を飲んだり、お菓子を食べたりしている。
「こほん。失礼いたしましたわユングリング様」
「いや、こちらもあのような女生徒とアヤメを比べるのはおかしかった」
「突然突進してくるような女生徒がこの学園にいるとはね」
「他にもなんというか、婚約者のいる男性によってたかって、えっと……恋愛感情?を向けてくるのはちょっと驚いた」
「ああ、あれは俺の婚約者になりたがってるついでに粉かけられてたんだろう。良識のある令嬢はミカルに婚約者がいるとわかれば引いただろう」
「こなをかける?」
「んーっと、気を引くとか、誘惑するっていう意味かな」
「なるほど。確かに大半のレディはちゃんと理解してくれていたね」
「史お兄様」
「ん?」
「粉をかけるは女性を口説くときに使う言葉ですわ」
「あ、そうなんだ?」
ミカルお兄様が間違った日本語を覚えては困るのですぐに訂正を入れる。
彩愛の友人たちも自分たちが言った言葉でミカルお兄様がわからなかった言葉の意味を伝える。
「日本の教育はすごいな。難しい言葉をたくさん知っている」
「ミカル、この子たちが特殊だから。英才教育のたまものだから」
「そうなのかい?」
「そう。7歳でここまで教育進んでるのはそうそうないよ」
史お兄様の言葉に彩愛の友人たちはにっこりと笑みを浮かべて何も言わない。
彼らは今は神の加護を受けていないが、彩愛の傍で今後も過ごしていくのであればいずれ神の加護を受けると彩愛は予想している。
「まあ、教育はともかく婚約者がいる相手に言い寄るのはよくないけどな」
「そうだね。突進してきた女生徒もそうだけど、えっと誰だっけあの、複数の男子に付き添われていたきつめの美人の」
「吉賀家の令嬢か。磯部家の子息と婚約したのに言い寄ってきてたな」
「好ましくないね」
その言葉に彩愛と友人たちは顔を見合わせる。
佐藤妃花が複数の男性を侍らせていることは知っているが、吉賀麗奈も同じようなことをしているのだろうか。
篠上京一郎との婚約破棄の前後には複数の男性とよく行動を共にしていたが、磯部和臣と婚約してからは落ち着いていたはずなのだが。
「吉賀様は磯部様以外の男子生徒とご親密なのでしょうか?」
「さあ?でも磯部家の子息以外も一緒だったよ」
「あら、まあ…」
彩愛は持っている扇子を閉じて友人たちに視線を送る。
「高等部の諸先輩方は交友関係が複雑でいらっしゃいますわね」
「そうですわね。私のお姉様にまた話を聞かせてもらいたくなりましたわ」
「子供の僕たちにはわからない交友関係だものな」
クスクスと笑う彩愛の友人たちに、史お兄様たちは引きつった笑みを浮かべた。