016 9月
「彩愛様お聞きになりました?」
「史お兄様がお戻りになったことでしょうか?」
「ええ。彩愛様はご存知でしたのね」
「史お兄様の御婆様から教えていただきましたの」
「ならこの話はまだ聞いていないかな」
「なんでしょう?」
「例の庶民が新学期早々やらかしたっていう話し」
始業式しかない日のため、彩愛達はいつもより早い時間に『王花の間』に集まっている。
いつも思うが、彼らの情報収集能力はすさまじいものがある。
高等部に姉がいたりと、独自の情報網を持っているのだろう。
「やらかしたというと?」
「水上様に突撃したらしい」
彩愛は首をかしげる。
「突撃というと、いきなり声をかけたとかそういうことでしょうか」
「いや、読んで字のごとく待ち伏せしてぶつかりにいったらしい」
「それは、また…大胆、ですわね」
思わず目を瞬かせてしまう。
史お兄様の帰国の際に総帥のひ孫が留学してきている。
それにともない、二人の護衛にと同い年の警護担当の人が傍にいるはずなので、彩愛としては本当に大胆なことをすると逆に感心してしまう。
「一緒にいたご友人に止められたらしいが、最初は文句を言ったのに、その人の顔を見たら急に態度を変えてしまったらしい」
「あらあら」
警護担当の方とは以前会わせてもらったことがあるが、確かに見目麗しい方だった。
「それに一緒にいたユングリング様に秋波を送っていたとか」
「まあ、ミカルお兄様にまで…」
随分と節操のないことだと呆れてしまう。
確かにミカルお兄様は物語の王子様のような素敵な方だけれども、婚約者がいてお二人が18歳になったら挙式することが決まっている。
彩愛から見ても相思相愛のカップルで、幼いころからお互いに結婚するのならこの人だと決めていたと話してくれたことがある。
「ではもしかして生徒会入りをお断りになったのは…」
「例の庶民の女生徒のせいだろう。月影様がいた当時ですら入り浸っていたのに、篠上様が生徒会長になったら我が物顔で居座りかねない」
「でも風紀委員のほうもお断りなさったとか」
「そうそう。不義理を働く人がいる風紀になど入りたくないとおっしゃったんですって」
クスクスと笑いが広がる中、彩愛はホットミルクを一口飲む。
今日のこの部屋には新学期のお祝いなのか、多種多様な花が飾られている。
中心になっているのが曼珠沙華なのだが、赤と白の二種類あり珍しさもありすでに持ち帰りたいという声が出ている。
「史お兄様もミカルお兄様も始業式早々大変ですわね」
「お会いしたことはございませんが、どのような方ですの?」
「お優しい方達ですわ」
「彩愛様と親しいとは聞いておりますわ、ご家族ぐるみとか」
「ええ、親しくさせていただいております」
「お会いできる日が楽しみですわ」
彩愛達が幼稚部に入学する時に入れ違いで留学してしまったので、ここにいる友人たちは史お兄様を見たことがないという。
今度昼食の時間にでも紹介したほうがいいだろうかと、頬に手を当てて考えていると部屋のドアがノックされる。
すぐさま給仕の者がドアを開け誰かを確認すると一度ドアを閉めて彩愛の傍にやってくる。
「水上様とご友人がおいでになってますが、いかがいたしましょうか」
「まあ!」
わっと友人たちが声を上げる。今まさに話をしていたのだから仕方がないだろう。
「もちろんお通ししてください」
「かしこまりました」
緊張している友人に笑みを向けながら、彩愛は席を立つ。
この席は一番家格の高い者が座る場所なのだ。
それは一時遊びに来た上級生の場合でも変わらない。
「やあ、彩愛」
「アヤメ、一週間ぶりだね」
「ご無沙汰しておりますアヤメ様」
「ごきげんよう史お兄様、ミカルお兄様、ノーマンディー様」
にっこりと笑みを浮かべて3人に席を勧める。
彩愛は別の席に座ろうとしたのだが、手を引かれてミカルお兄様と史お兄様の間に座らされてしまう。
「お兄様方?」
「なにかなお姫様」
悪びれない史お兄様に、これでは示しがつかないと思わずため息をつきそうになるのを我慢して友人を見ると、彩愛が二人の間に座るのに何の疑問も抱いていないようだった。




