015
「アヤメ、うちのフヒトなんかどうかしら?」
「どうとは?」
「アヤメの空いた婚約者の席に座るのにどうかなって話」
史お兄様の御婆様、リーシャ御婆様の言葉に困ったように首をかしげてしまう。
水上家と皆森家は戦国時代前からの付き合いがあるほど長いものであり、その長い歴史の中では婚姻のやり取りがあったこともある。
「私の婚約に関しては両親に任せておりますので」
「でも本人の意思って大切よ。私みたいに駆け落ち覚悟で結婚というのもあるわ」
リーシャ御婆様がそう言うと「ゴホン」と総帥が咳払いをする。
話でしか聞いていないが、大恋愛で水上の当時の若君、つまり史お兄様の御爺様を追いかけて鞄一つで家を出たという。
幸いなことに幸人御爺様が水と風の神の加護を持っていたため認められたという話しだったはず。
総帥夫婦に複数人の子供がいなかったら水上家と相当もめただろう。
「それでアヤメ。うちのフヒト、どうかしら?」
「……お優しくしていただいておりますわ」
「むぅ。まあそうよね」
「リーシャ。アヤメに無理を言うものではありませんよ」
「わかってるわよ」
でも、とリーシャ御婆様は続ける。
「ここのところ仕事の付き合いはあるけれども婚姻はないでしょう。そろそろしてもいい時期だと思うのよ」
「史お兄様にお似合いの年頃のお嬢様方からお話がたくさん来ていらっしゃるのでしょう?」
「来てるわよ、山のようにね。でもあの子ったらまーーったく興味を示さないで困ってるのよ」
「そうなのですか」
彩愛はリーシャ御婆様から顔をそらして、用意されていたホットミルクを一口飲む。
「まったく。急にこのような話をもってきてはアヤメも困ってしまいますよ」
「ごめんなさい。でも今がチャンスだと思ったんだもの」
優雅にカップを傾けて紅茶の色と香りを堪能して総帥の奥様、リーリア御婆様は口をつける。
「まあ、私たちのほうにも沢山のお申込みが来ておりますね。ミズカミの子でこちらに決定権はないというのにご苦労なことですわ」
「ああ、ごめんなさいね。早く決めちゃうようには言ってるんだけど、『まだもうちょっと待たないと』って言って引き延ばすのよあの子」
「まだもうちょっととはの。どれだけ待つつもりなのかの」
「先日のビーチの不法侵入者ちゃんだっけ?警備の人が意味わからないことを話してたって憔悴してたのよ」
なんでも運命の人に会いに来たとか、神様は自分を待ってたのだとか、小娘が邪魔をしたせいで史様に睨まれただの支離滅裂なことをぶつぶつと言っていたらしい。
一緒にバカンスに来ているという友人が引き取りに来た時に金輪際プライベートビーチに近づかないように言ったのにその後数度侵入しようとして止められているらしい。
その度に個別イベントが、などと言っているという報告が上がっている。
「彼女、何を考えているのでしょうか?」
「まったくもってわからんの」
「フヒトが学園に戻ったらその子に絡まれそうな予感がするの。だからその前に周囲を固めておこうと思って」
「あら、史お兄様が学園にお戻りになるんですの?」
「ええそうよ。フヒトから聞いてないの?」
「聞いてませんわ」
「ビックリさせる気だったのだろう」
「今十分ビックリいたしましたわ」
確かに今までの佐藤妃花の行動を見れば、史お兄様に秋波を送ることは間違いないだろうと彩愛は考えて苦笑する。
「とにかく、フヒトとの婚約話考えておいて」
「ええ、わかりましたわ」
彩愛は苦笑しながらうなずいた。




