014
まったく冗談じゃないわ。昨日は史様との大切な遭遇イベントだったのにあの警備のやつらっ!
ルートが確定した男の子に連れられてこの地中海に来るの。そして夕暮れの美しさに思わず心を奪われて歌を口づさむ。
その歌を気に入った黄昏の女神様に話しかけられているところに史様が来るのよ。
昨日は昼なのになぜか史様がいたのはちょっとした誤差だけど、あの警備よ!
なにが不法侵入よ!誰もいないんだから使ってもいいじゃない!
スチルにあったのは間違いなくこの場所。史様がいたんだから間違いないわ。
昨日はあの後怖い顔の人に連れていかれてわけのわからない言葉でしゃべられたわ。
英語で話せっての。
京一郎君たちはなんだか青ざめて頭を下げてたけどなんだったのかしら。
でもまあ、誤差のおかげで史様とはお話しできたからイベントはクリアしてるのかしら。
でも次のイベントもちゃんとしないと史様は学園に来てくれないわ。
黄昏の女神の双子、暁の女神に会わなくちゃいけない。
京一郎君たちはすっかり行く気をなくしたのか朝の散歩に誘っても断られてばかり。
女の子ひとりがこんな暗い中歩くってのに、守ろうっていう気はないのかしら。
昨日の地元民の人にもう一つ抜け道を聞いてたのよね。
こっちは本当に獣道で着くまでにボロボロになるかもしれないなんて笑ってたけど、昨日の道は封鎖されてるから使わざる得ないわね。
史様に会うために可愛い清楚なワンピースを着てきているから汚したくなくて薄手のロングカーディガンを羽織ってきたけど、やっぱり手入れされてない道ね。
ひっやだ蜘蛛の巣?
近くにあった枝で取り除いて四つん這いになって進む。
まったくヒロインがすることじゃないわ。
ここは京一郎君が史様に交渉して使わせてもらえるようにするところでしょ!
肝心な時に使えないんだから。
必死の思いで道なき道を通り抜けて周囲に警備がいないことを確認してカーディガンを脱ぐ。
髪には葉っぱがついてるし、四つん這いになってたせいでワンピースも汚れてる。
出来るだけ手で払って汚れを落としていると、どこの言葉かわからない歌声が聞こえる。
あれ?これって…。
まさかと思って海岸が見える場所まで駆け足で進むと、そこには皆森彩愛と史様がいた。
「なんで?」
その場所は私の物なのに。そのイベントは私がしなくちゃいけないものなのに。
皆森彩愛の前に、紫からオレンジを経て水色に変わる長い髪を結わえて腰に巻き付けている女神がいる。
何かを話しているのか、皆森彩愛は困ったように首をかしげる。
「なんでよ」
悪役令嬢にもならないガキのくせに、私のイベントを奪うっていうの?
「ありえない」
「なにがありえないんだい?」
「きゃっ史様」
いつの間にか史様がすぐ傍まで来てくれている。
ああ、やっぱりイベントは私じゃないと進まないんじゃない。
「君に名前で呼ぶことを許可したことはないと思うんだけど?」
「あ、すみません。水上様」
「それで?なんでここにいるのかな?」
「それはなんだか海が気になって歩いてたらここについちゃって」
「ふーん」
史様は私の姿を上から下までじっくりと見る。
「篠上様と同じ学園なんだってね」
「はい!ふひ、水上様も夏休み後には戻ってくるんですよね」
「どこでそれを?」
「え?」
史様の雰囲気が冷たいものになっていく。
「まだ家族親類しか知らない情報のはずなんだけど、君は誰に聞いたの?」
やばい。ゲームの設定だからなんて言ったら頭がおかしいと思われちゃう。
「噂です、噂。でも誰からかは忘れちゃいました」
「ふーん」
「私妃花です!学園に戻ってきたらよろしくお願いします」
「ああ、そう」
そういうと史様が皆森彩愛のほうに視線を移す。すでに女神の姿はない。
イベントでは私が海岸を離れるまでずっといたけど、やっぱりちゃんとしたヒロインがイベントをしないと中途半端になるのね。
「史お兄様?」
「彩愛、俺はこちらのお嬢さんともう少し話があるから、警護の人と先に戻ってなさい」
「……はい」
やっぱり!このイベントに皆森彩愛はいなかったもん。史様も邪魔だと思ったのね。
皆森彩愛がいなくなって少し時間をおいて、史様が改めて私を見る。
「二度目の不法侵入だ、連れていけ」
「え!?」
気が付けば後ろに立っていた昨日のわけわからない男の人たちに持ち上げられる。
「ちょっと!下して!史様助けて!」
そう叫んだのに、史様は一切私を見ずに皆森彩愛の後を追っていった。
なにこれ。なんでこんなことになるの?
やっぱりイベントが不発だったせい?じゃあ皆森彩愛のせいじゃない。
悪役令嬢にもなれないガキのくせに、私の邪魔をするなんて、許せない。