013
侵入者問題が解決したのか、総帥夫婦と史お兄様とビーチに来ている。
水着は結局、史お兄様が選んだものになった。白地に赤い花がいっぱい描かれているものでフリルがたくさんついているもの。
泳ぐには不向きな、あくまでも海で遊ぶための水着。
総帥夫婦も史お兄様も私に意見は聞いてこない。表情や空気で私の好みを察してくれる。
「あーあ、侵入者のせいであまり遊ぶ時間が無くなっちゃったな」
「また明日遊べばいいのではありませんか?」
「んー、明日は用事があるから戻らないといけないんだよ」
「そうなんですの」
「ごめんな」
「いえ、今日お会いできてよかったですわ」
にっこり笑ってそういえば史お兄様は神をそっと撫でてくれる。
あと一時間ほどで日没を迎えるだろうけれども、砂のお城を作るぐらいの時間はある。
私は早速しゃがみこんで砂の山を作っていく。
「ん?棒倒し?」
「お城を作りますの」
「彩愛が作ると本格的になるからなあ、日暮れまでに終わるかな」
「終わらなかったらそれはそれでいいんですのよ」
楽しんだもの勝ちだと笑う。
少し離れた場所では総帥夫婦がパラソルの下でこちらを眺めている。
白い砂の山を少しずつお城の形にしていくと、不意に海から呼ばれているような気がして顔を上げる。
『謳いを所望す。疾く。疾く謳いを』
海の精霊か、どこぞの神かはわからないが求められてしまったのなら応えないわけにはいかない。
すっと立ち上がると海をまっすぐ見つめて進む。
「彩愛?」
史お兄様が声をかけてくれるけれども、今は海からの声に応えなければいけない。
砂浜と海の境目、足が海水に浸るところで進むのを止める。
こういう時の謳いの詞と旋律は頭の中に浮かぶ。
息を吸って謳う。
日本語でもない、英語でもない音なのだと私の謳いを聞いた人は言う。
結っていた髪が風に揺れ、水着のフリルもふわふわと風に遊ばれている。
謳っている間に太陽が地平線に吸い込まれていく。オレンジから紫に変わっていく空を見ながら謳う。
『見事じゃ』
その声と共に彩愛の前にギリシャ神話の神様みたいな格好をした黄昏色の髪の女性が現れた。
『気に入った。娘、名を何という』
「彩愛と申します」
『アヤメ…彩愛じゃな。うむ好い』
そういうと黄昏色の髪を持つ、おそらく女神が彩愛の顔に自分の顔を近づけ、唇を重ねる。
『私は黄昏の神。名を という。そなたに私の加護を与えよう』
また加護が増えた、と思っていると黄昏の女神は何かに気が付いたようにクスクスと笑いだす。
『彩愛よ、明日の朝。夜明けの時にもここに来て謳いをするのじゃ』
「夜明けにですか?」
『うむ。でないとあやつがいじけるからの。約束じゃぞ』
そう言って唇に人差し指をつけて微笑む黄昏の女神は恐ろしいまでに美しい。
けれども神と安易に約束をするわけにもいかず、彩愛は困ったように首をかしげてしまう。
『悪いようにはせぬ。私たちの加護があって邪魔になるものではないぞ』
「………お約束はできかねますが、出来るだけお心に応えたいと思います」
『うむうむ、好い好い』
黄昏の女神はそう言って空気に溶けるように消えてしまった。
ふう、と息を吐いて後ろを振り向けば、何とも言えない顔をした総帥夫婦と史お兄様がいた。




