012
「侵入者ですか?」
「うむ、排除が終わるまで外に出ないようにの」
「わかりましたわ」
ずっと屋敷にいるのもなんだからと、総帥夫婦に連れられて彩愛は地中海にある別荘に来ている。
侵入者というのはプライベートビーチに侵入したものがいるらしい。
普段であれば一般に開放しているのだが、一か月前から進入禁止となっており、一般人は入れないようになっている。
それもこれもすべて彩愛達がここに来るかもしれないという不確かな予定のための対策だ。
徹底した清掃、危険物の排除、環境作りなどが行われており、別荘からそのビーチを見ることもできる。
窓辺に行き海岸を見れば、複数人の男女がいるようで、彩愛は目を凝らす。
そうすればすぐさま遠くに見えていたものが拡大され、声が耳に届く。
見たことのある顔と声に思わず眉間にしわを寄せてしまう。
途端に人物は遠のき、声も聞こえなくなる。
「どうかしたか?」
「侵入者はどうやら私の学園の先輩のようですわ」
「……ふむ、知り合いか?」
「そう、ですわね。知人ではありますわ」
「なるほど、あまり付き合いたくない部類の者のようじゃな」
「今のうちにアヤメに似合う水着を決めましょう」
「そうじゃの。女子の着替えは時間がかかるからの」
パチリ指が鳴らされれば使用人がハンガーラックごといくつもの水着を持ってくる。
その量にもう慣れたものだが、これからの着せ替え人形の時間を考えると気が重くなる。
ため息を飲み込んで水着を見る。
どれもこれもかわいらしいもので、彩愛としてはどれでもいいのだが、総帥夫婦はこだわりがあるらしい。
あーでもないこーでもないと話し合いが行われていると、部屋の扉が開く。
侵入者の排除が終わったのかと見れば、そこには一人の青年が立っている。
「フヒト、遅かったな」
「ビーチのほうで待ってたら変な女と旧友に捕まったんですよ」
機嫌悪く息を吐いて部屋に入ってくると、彩愛の座っているソファの総帥とは反対側の彩愛の隣に座る。
大きなソファなので3人座っても余裕だが、わざわざここに座らなくても、と彩愛は首をかしげて史を見る。
「驚かないね」
「ジュール御爺様から聞いてましたもの」
「ひい御爺様?」
「アヤメに隠し事はできんでの」
まったく、と肩をすくめて史は彩愛の頭をなでる。
「元気そうでよかった」
「はい。史お兄様は?」
「ちょっとげんなりしてたけど彩愛を見て元気になった」
「篠上様達はどうしてこちらに?」
「ん?見えて…見てたのか。なんでも夏のバカンスに来たらしい。それで、プライベートビーチだと知らずに入ったとか」
「進入禁止の看板や見張りがいたと思うがの」
「なんでも地元民に抜け道を教えてもらったとかで」
「ほほう」
総帥の目がきらりと光る。これは警備担当の落ち度だ。
複数の神の加護を受ける彩愛に万一のことがあってはいけないというのが総帥の一族の総意なのだ。
「その抜け道とやらは」
「警備の人が聞きだしてるでしょう。それにしてもあの女性はなんだ?」
「佐藤妃花様ですわね」
「知ってるのか」
「ええ、有名人ですわ。篠上様達と仲良くされていらっしゃるとかで」
「ふーん。その割には俺に秋波向けてきたりしてたけどな」
「お盛んですわね」
彩愛がそう言うと痛くないデコピンを史にされてしまう。
「お下品」
「うう…」
総帥はその様子を楽し気にているが、二人の視線が外れたところで警備の担当者を後で呼び出すように指示を出した。




