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「先日はうちの副会長がご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
「梨花お姉様が謝ることではありませんわ」
珍しく話がしたいと、七夕まつり当日で忙しいだろう梨花お姉様が初等部の『王花の間』に訪ねていらっしゃった。
今日、この部屋には私が準備させた五節句の、七夕の用意がされている。
私の不参加に倣うように初等部の生徒は全員高等部の今夜の催し物に不参加と決めている。
「今日の行事の準備があるのではありませんか?ここにいらして大丈夫ですの?」
「準備が昨日やっとすべて終わりましたの。今日の運営ぐらいは副会長に任せてもよいかと思いまして」
「お疲れのご様子ですわね」
「ええ、そうですわね。当初は予定通り午後から放課後にかけての予定でしたのに、副会長たちが急に夜にしたいなんて提案なさるもので、さすがに驚きましたわ」
「二週間前でしたかしら?」
「ええ、本当に急でしたわ。花火も上げたいなんておっしゃるし、いったいどなたの影響を受けたのでしょうね」
給仕に入れてもらったミルクティーを優雅に飲みながらも、梨花お姉様の眉間にはしわが寄っているし、お化粧で隠してはいるが隈もでてしまっているようだ。
「彩愛様は、やはり今夜の七夕祭りには不参加なんですよね」
「ええ、今日は予定がございますので」
「そうですの、残念ですわ。このイベントがこの学園での私の最後のイベントになりますのに」
「まあ、最後と言いますと?」
「昨日婚約の無効が決まりまして、親同士のやり取りはまだ少し残ってはいるのですが、私どもはお互いただの学園での生徒会でともに時間を過ごした仲になりましたわ」
なるほど、それで月影家系列の企業の株がここのところ不安定だったのか。
「相手の浮気が原因ですからね、あちらもイメージを落とさないよう必死だったようですが、お父様が動いてくださいましたので、つつがなく」
「それはおめでとうございます」
「ありがとうございます」
そう言えばこちらがうっとりするような笑みを浮かべてくれる。
「それで、最後というのは生徒会をおやめになるということでしょうか?」
「ええ。国外の姉妹校に留学を考えておりますの」
「それは…」
「あちらは9月が入学式ですから、少し学歴がかぶってしまいますが仕方がありませんわね」
「そう、ですわね…」
親しいお姉様の突然の留学の話に驚きはするが、それを止める言葉を口にすることはできない。
「金田家は、ご存じでいらっしゃるのですか?」
「どうでしょう。夏休み中にすべて手続きをしてあちらに行く予定ですが、そうですわね…。知らないのでしょうね」
「金田様は大変でしょうね。間接的にとはいえ高等部の要である梨花お姉様を外の世界に出してしまわれたのですから」
「どちらでもかまいませんわ」
そういうと梨花様は声を押さえて顔を近づけてきた。
「今回の行事も、準備は私がいたしましたが責任者は篠上様なんですのよ。言い出したのは彼ですもの」
だから、失敗しようが成功しようが梨花お姉様の功績に傷がつくことはないと笑みを浮かべる。
この方のことだから、完璧に自分に責任がかからないようにしているのだろう。
このような急な行事の変更も前代未聞、初等部の生徒が全員不参加、中等部も半分ほどが不参加の意を表明していると梨花お姉様は笑みを深くする。
「あの企画書ね、とても篠上様が書いたものとはおもえないものでしたのよ」
随所に書かれる幼稚な言葉、自分を持ち上げるようなイベントの演出、そうかと思えばあいまいで内容の伴わない企画書。
「きっと佐藤妃花様の入れ知恵でしょうね」
「梨花お姉様がいなくなれば、生徒会は篠上様がスライド式に会長になりますわね」
「そうね。でも私は何もできませんわ」
クスリ、と唇に人差し指を当てて笑う梨花お姉様は美しかった。




