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神へ捧げるカントゥス★  作者: 茄子
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後日談 002 野宮俊介(前編)

「皆森様、ご協力ありがとうございます」

「かまいませんわ。文芸会のためと聞いては断れませんもの」


 にこりと笑う少女に俺も笑みを返すと、「自由にしてください」と告げて離れた場所でスケッチブックを広げ鉛筆を持つ。

 初等部の『王花の間』で、土下座する勢いで皆森様にモデルになってくれるように頼んだ。

 今までのことがある、断られると思っていたがこの部屋にいる間だったらと苦笑しながら言われ、土下座しようとして止められてしまったのは数日前。


 我が野宮家は家格で言えば高の上だが、その内情は個人主義で生活ぶりは庶民に近い。

 子育てだって放任主義で、幼稚部に入学早々一人暮らし用のマンションの一室と家政婦を与えられ家を出された。

 そんなんでも多くのジャンルに問われない芸術家を次々世に送り出し、美の神の末裔とも言われている野宮家はなんだかんだで格を落としたことがない。


 視線の先で談笑する皆森様を初めて見たのは初等部の入学式後のパーティー。

 新しく『王花』のメンバーとして今後活躍する子供の紹介を兼ねたものだった。

 一目で「ああ、この方は特別なんだ」と血が騒いだ。



 一枚目を描き終え二枚目を描き始める。



 ずっとお声をかけるタイミングを狙っていたが、不躾にいったら不興をかってしまうかもしれないなどと悩んでいるうちに、その年の文芸会を迎えてしまった。 

 舞台に上がり歌い上げる皆森様はまさに神の使いというのにふさわしく。

 今度皆森様のために曲を作ったら歌ってくださるだろうかとどきどきした。

 けれどもそのあとに舞台に上がった女に思わず顔をしかめる。

 文芸会は俺のような特殊な事情を除き、プロになって金を貰うまで能力を高めず、人前ですぐさま披露して褒めたたえられるレベルの物を披露する場だ。

 篠上様達はともかく、入学式初日から問題を起こしまくり、いまでは生徒会を乗っ取ったとまで言われているあの女の歌声は聞いていて気分が悪い。

 そう思っていると、不意に女の歌声が聞こえなくなる。

 口は動いているので歌ってはいるのだろう。


『我が名に連なるものに耳障りなものをこれ以上聞かせるのは忍びない』


 美の神の声というものを初めて聞いたが、血が美の神の声だと歓喜している。

 感謝し舞台に目を向けて「あれ?」と思う。

 あの女からどこか違和感を感じた気がしたが、本当に一瞬で気のせいだったのかもしれない。



 二枚目を描き終えて三枚目を描き始める。

 自由にしてくれていいと言ったが、皆森様はこちらが紙をめくるたびにさりげなく向きや姿勢を変えてくれている。



 夏休みの間、皆森様のための曲を作る。

 艶やかであでやかで、それでいてまだほころびを迎えない蕾のような初々しさをイメージする。

 書き上げ、自分で満足のいくものとピアノで演奏し歌詞を口ずさみ納得する。

 もしかしたら来年の文芸会で歌っていただけるかもしれない。

 そう考えて思わず頬が紅潮する。

 いや、女の子は気が付けば成長しているものだから、来年にはほころびを迎えてない蕾からほころびかけた蕾になっているかもしれない。

 そうなったら別の曲のほうが相応しいだろう。

 頷いて作品をしまう棚に譜面を入れる。

 いつか、彩愛様の歌う曲を、舞う曲を作りお気に召していただけたら。そのお姿を絵に残すことが出来たらそれはなんと幸福なことなのだろう。



 三枚目を描き終えたときに目の前にトレイに乗せられてマグカップに淹れられた香しい珈琲が差し出される。

 目を向ければ初等部『王花の間』専任の給仕が笑みを浮かべている。


「どうも」


 初等部では珈琲を飲む子は少ないだろうし、飲んでもカフェオレにして上品なカップに淹れられるだろうに、高等部の『王花の間』の給仕にでも聞いたのだろうか?

 俺はミルクなしの甘いコーヒーをマグカップでゴクゴクと飲むのが好きだ。

 品がないとか言われているが、好きなのだから我慢してほしい。



 一息ついて四枚目に取り掛かる。



 そういえばあの女が俺に近づいてきたのは『王花神嘗祭』が終わった辺り、あの女や生徒会の奴らが神罰を食らった後辺りだったか。

 近づかれて触れられて気持ちが悪かった。だが鳥肌の立つ中で、体に流れる血がどこか歓喜を示している気がした。

 皆森様の時とは比べ物にならないほどささやかだが、それでも確かに感じた。


「俊也君をね、京一郎君がバックアップしてくれるって。私、俊也君に来年の文芸会用の曲を作ってほしいなあ」


 きれいに塗られたネイルのある手がゆっくりと触れてくる。

 くらくらとめまいがする。気持ちが悪いのに体の血が歓喜する。


「俺は作りたい時に作りたいものを作る」


 そう言って離れようとしたら腕が捕まれ、そこからまた鳥肌が立つ。


「そんなに警戒しないで?私は俊也君を見捨てたりしないよ」

「は?」

「ご両親に小さい時から放置されてたんでしょう?可哀そうよね。作品だって認めてもらえてないんでしょう?でも私は違うよ。俊也君の才能を知ってる」


 ぞっとした。この女は何を言っている?

 作品が認められない?当たり前だろうあの人たちは作家と写真家だ。

 俺の絵と曲とは分野が違う。


「京一郎君だって私がお願いすれば他の人にも俊也君の作品を宣伝してくれるわ」

「そんな必要ない」

「意地はらないで。上流階級なのに家政婦さんもいないから全部自分でしてるんでしょう?ひどいよね、いくら認めないからってそんなの酷いよね」

「俺が好きでしてることだけど?」


 作品を手掛ける間邪魔をされたくないし、勝手に片づけられるのも困る。食事はデリバリーもあるし忙しいときは簡単に作ればいい。クリーニングも電話一本で済むし掃除はそれこそ俺自身で何がどこに置かれたかわからなくなる。

 俺は気分で物の位置を変えるから。

 いや、それよりも。

 この女はどうしてそんなことを知っている?


「だからそんな意地を張らないで素直になって。でもそうだよね、いきなりだったら驚くよね。また明日ね、俊也君」


 そう言って去っていった女に捕まれた腕を押さえる。

 血が彼女を求めている?いや、違う。でもこれはなんだ?


「わけがわからない」


 けれどもあのネイル。綺麗だがそれとは違う何かを感じた。



 四枚目を描き終えて顔を上げると皆森様と目が合う。

 微笑まれて少し頬が紅潮してしまう。


「見せていただいても?」

「もちろんです」


 給仕にスケッチブックを渡せば、その代わりと言わんばかりに菓子の盛られた皿とまたマグカップに入った珈琲が渡される。

 疲れた脳みそに甘いものがしみこむ気がしてほっと息をつく。


「まあ」

「きれい」


 皆森様達から感嘆の声が上がる。


「流石は野宮様ですわね。これが文芸会でどうなるのか今から楽しみですわ」

「恐縮です」


 戻ってきたスケッチブックと受け取り、マグカップと皿を差し出されたトレイにのせる。


「そろそろお時間ですね。また明日も来てよろしいでしょうか?」

「お待ちしておりますわ」


 にっこり微笑む皆森様は、まだほころび始めたばかりの蕾のようだ。

 来年には俺は大学部に進学する。そこで本格的に作詞作曲家・画家として名を自ら売り始める予定だ。

 皆森様の姿を見る機会は大学部を卒業してしまえばほとんどなくなるだろう。


 部屋を出て高等部に向かう。

 高等部での俺の扱いは腫れもの扱いというのが一番合っている表現かもしれない。

 仕方がないことだ。

 策士策に溺れるを体現してしまったのだから。

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