前日談 004 花の神
「まあ、こんなところでお休みになっては、ほら髪に葉っぱが付いておりましてよ」
『……ここは心地がよいからの』
「だからって芝の上に寝転がるだなんて、このような姿を人が見たらどう思いますかしら」
『ふん。人に紛れ戯れるお主に言われとうないの』
『そんなこと言って、火の神は花の神が人間とばかり戯れている故寂しいのだ』
「あら、美の神も来たのですね」
『その口調、いつになっても聞きなれぬのう』
「ふふ、今の時代の子の年頃の娘の口調ですもの、慣れてくださいませ」
華子はクスクスと笑って、寝転ぶ火の神と座る美の神の間に座る。
「私、結婚いたしますの」
『聞いておる』
『皆森か、神との親和性は高いほうだけどなぜわざわざ結婚するのかの』
「愛している方に乞われたからですわ」
長い間共に過ごすことはできないだろうけれども、望まれた嬉しさは本物だ。
華子は花がほころぶような笑みを浮かべ、頬に片手を当てる。
『ああ美しいね。本当に人は時に信じられないほどの美を生み出してくれる』
『人はもろく儚い。いつまで茶番を続けるきかの』
「長くとも、この先50年は続きませんでしょう」
『50年か』
『瞬く間ではあるけれども、長く感じるだろうの』
花を愛でる姿に恋をした。傍に居たくて人の子に姿を変えた。
代償として神格を一つ落としてしまったけれど、それでも後悔はない。
身寄りのない華子を傍に置き、妻にと乞われて断る理由などあるものか。
「……季節は巡り、花々の移ろいを眺めていればあっというまでしょう」
人の子に姿を変えたとはいえ本性は神。司る花々のこともあるため長くは現世に留まれない。
それでも戦火で細君と息子を失ったあの人の、一時の慰めと時代への苗床となれるならそれ以上を望むまい。
***********************************************
妻となってしばらくして児を孕んだことが判明する。
よかったと喜ぶ夫に笑みを向ける。
***********************************************
産まれた子は男児。皆森の跡取りを与えることが出来たとほっとする。
その魂は半神ではあるけれど、誰にも気が付かれないように封印する。
花の神の人の身である華子の、受け継がれたその魂は男児では封じられると呪い(まじない)をかける。
***********************************************
我が子が結婚し、子が生まれた。
再びの男児にほっとし、移った半神の魂を同じように封印する。
***********************************************
くらり、とめまいを感じ壁に手をつく。
この身も限界が訪れたのだろう。良く持ったほうだと笑う。
息子も孫も健やかに過ごしている。これからは花の神として見守ろう。
「華子、如何にした」
「旦那様、残念ではございますが、私はもう戻らなくてはなりません」
力が入らず廊下に座り込む華子を見つけた芙灯様が駆け寄ってくる。
「華子、すぐに医者を呼ぶ。気を確かに」
「いいえ、いいえ旦那様。どうかこの身が果てるまで傍に」
瞼が重くなってくる。
ああ、本当に限界がやってきた。
「もうよいのか」
『ええ、十分ですわ」
『華子?』
「その身、本来ならば存在せぬ身。人の身になりし代償に霊魂の抜けた後は塵となり消える」
「わかっておりますわ』
「道を、元に戻る道を照らしてやろう」
「ではその道に、花の神にふさわしい美で彩ろう」
「ふふ」
『華子、お前まで私を置いて逝くのか?』
旦那様が何かを言っている気がするけれど、もう耳も駄目になってしまったみたい。
「愛しておるよ、芙灯」
闇が訪れる。
***********************************************
『流石に三代続いて男児は無理であったかの』
『如何にする?子の霊魂は半神。なれどお主の呪い(まじない)では男児にのみ有効』
『……なれば見守るのみ。慈しみ、護り、助けるのみじゃ』
では、と火の神が幼き子に加護を与える。
それでは、と美の神が幼き子に加護を与える。
『愛しい子。我の血を引く愛しい子よ、我が霊魂をかけ護ろう。我がすべてをもって護ろう』
花の神が、彩愛に加護を与えそっと頬を撫でる。