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神へ捧げるカントゥス★  作者: 茄子
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前日談 003 皆森壮一

 愛実がここのところ不安定だ。

 嫁入り前の修行を兼ねて私を手伝いたいと我が家に泊まり込み、不安な表情で毎晩私の部屋に訪れる。

 婚約者とはいえ結婚していない以上、安易に関係を結ぶのはよくないと言えば泣きそうな顔になり首を振る。


「だったらすぐに結婚してくださいまし」

「愛実はまだ学生だろう?」

「いやですわ。沙良お姉様のように失うのはいやですの」


 その言葉に眉間にしわが寄る。

 沙良様の手引きをしたのは自分だ。お爺様の家に共に泊まり、お爺様の休む部屋に沙良様を送り出し、強めの酒を渡した。

 ここのところ眠れていないお爺様が少しでも眠れればと、お婆様に似た私や父ではなく、何度も必死に休むよう伝えても邪険にされた母でもなく、沙良様なら眠らせて差し上げることが出来るのかと思った。

 だって沙良様はずっとお爺様を愛して、隣に立てないとわかっていても少しでも目に留まるようにと努力を欠かさなかった。

 お爺様もお婆様も沙良様を褒めていたし、かわいがっていた。

 だから、他人だからこそお爺様も休んでくれると思っていた。

 考えてすらいなかった。沙良様がお爺様に迫るなんて思ってもいなかった。

 翌朝様子の違うお爺様に、それでも確かにしっかりと眠ったようなお爺様に首を傾げた。

 沙良様は、朝食も食べずに夜明けとともに家に戻ったといわれた。


「私はいなくならないよ」

「それでも!沙良お姉様のように愛する人を結ばれないまま失うなんて嫌なんです」

「愛実?」

「お願いです壮一様。私をお嫁にしてくださいませ、私に確かな絆を与えてくださいませ。この体が必要というのなら好きになさってください」

「愛実っ」

「お願いです、私は怖い。愛する人と離れるのが怖いのです」


 必死な愛実の頬を撫で、眉を寄せる。


「それで、君が安心するのなら……おいで」


 そういって部屋へ招き入れた。



***********************************************



「愛実が北欧で倒れた!?」

「はい。流産の危険があると、帰国も難しいと」

「妊娠してる、のか?」

「はい」


 お爺様の亡くなった混乱はまだ続いている。

 私の代理として北欧へ輸入の交渉に向かった愛実が倒れた。それも妊娠して流産しかけている…。


「水上家より、ユングリングの屋敷にて療養してはどうかと打診が来ております」

「ユングリング…」


 北欧における最大の財閥であり王族の血も引く大貴族。

 確か沙良様のお母様はユングリング家のご令嬢だったと思い出して頷く。

 令嬢の推薦なら悪い扱いはされないだろう。


「お言葉に甘えよう。なるべく早くお礼と見舞いに私も北欧へ向かう」

「かしこまりました。スケジュールの調整をいたします」


 秘書がそう言うと執務室から出ていく。まだバタバタしているが、一日か二日ぐらいなら何とかなるだろう。



***********************************************



「貴方っいやよ行かないで」

「仕事があるんだ、わかってくれ。また来るから」


 ベッドの上にいる愛実を必死に宥める。


「ほら、私たちの子供もいるんだ。君も母親なんだからしっかりしないと」

「子供…私たちの愛の証。………うれしいわ」


 ふんわりとかわいらしく笑みを浮かべる愛実にうんうんと頷く。


「……でも妊娠したせいでこの子がいるせいで壮一様と離れて」

「愛実?」

「っ!違う!違うのよ。この子をちゃんと愛しているのそう、愛しているんだもの」


 愛実の様子に戸惑いを隠せない。以前にもまして不安定になっているようで、思わず頬に触れる。


「愛実、大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわ!貴方と離されて大丈夫なわけないわ」

「仕方がないよ、今無理に動いたら子供が流れてしまうかもしれない」

「だめよ!この子は私の愛する家族なのよ。そんなのだめよ」

「ああ、そうだとも。だからいい子でいてくれ、な?」

「………わかったわ」


 愛実の様子にどこか言い知れぬ不安を抱いた。

 そしてその予感は間違っていなかった。



***********************************************



 胎児の成長が遅い。通常であれば臨月を迎えているころだというのに、胎児はせいぜい7か月ほどの大きさだという。

 著しい成長の遅さは病気か、それとも神の加護を受けているか…。


「なんてことだ…」


 思わず頭を抱える。

 病気であればなにか対応できるかもしれない。けれど神の加護を受けているのであれば、胎児は神の御許へ召し上げられるかもしれない。


「いったいどうして」


 胎児の成長の遅さに愛実の不安定さが悪化しているらしい。

 付き添いたいが、今はタイミングが悪い。

 お爺様が直接管理していた会社が派閥分裂を起こしている。

 忙しすぎて眠れないせいか、頭がズキズキしてうまく考えられない。



***********************************************



 子供が生まれた。一年以上胎の中にいた子供がやっと生まれた。

 産室で水の神が顕現して娘に加護を与えたらしい。

 胎児だった時は加護はなかった?それとも他の神の加護がある?

 どちらにせよ、産まれたと同時に加護を得た子供が7つを越えることはほとんどない。

 頭を抱える。



***********************************************



「いやぁ!どこにやったの?私の子はどこ!?彩愛はどこなの!」


 部屋に案内された部屋の扉が開いた瞬間そんな叫び声が耳に飛び込んでくる。


「奥様と泉にお出かけなさっております。すぐにお戻りになりますから落ち着いてください」

「返して!彩愛っ彩愛どこなの!………どうして私がこんな目に合ってるの?おかしいわよ。いや、いやぁ失うのはいやよぉ」


 愛実の様子に呆然とする。


「これは、いつもこんな状態で?」

「日によってです。落ち着いていらっしゃることのほうが多いのですが、彩愛様のお姿がないと不安になるようです」

「そうか。……愛実、元気にしてるか?」

「壮一様?壮一様来てくれたんですのね。嬉しい、早くこちらに来て、そのお顔をもっと私に見せてくださいませ」

「ああ」


 近づけば、愛実が嬉しそうに腕を伸ばす。

 その腕を取って自分の頬に手を当てる。うっとりとする愛実に笑みを向けて安心させる。


「待ってましたのよ。ずっとずっと待ってましたの。家族が離れるなんて、愛し合うものが離れるなんてよくないわ」

「すまないな。お前の体調がよくなったら彩愛と一緒に帰ろうな」

「絶対ですわよ。絶対に絶対ですわよ」

「ああ」



***********************************************



「アヤメはすでに複数の神より加護を受けている」

「そんな…」


 ジュール様より聞かされ、リーリア様の横で支えられて座る彩愛を見る。

 確かに成長が遅いとは思ってたが、加護のせいなのだろうか。


「今から覚悟をしておくよう、7つまでは神の子。日本ではそういうのであろう」

「そのようなこと…」

「もちろん、成長し年老いるまで生きたものもいると聞く。必ずとは限らない。だが、覚悟は必要だ」

「そんな…どうしてうちの子が」

「神の加護は賜りもの。人間が拒否できるものではありませんよ」


 リーリア様の言葉に力が抜ける。

 彩愛が死ぬかもしれない?


「それは、愛実には」

「言ってない。ただでさえお主と離れ不安定で、アヤメの成長が遅いせいでさらに不安定になっておる」


 無作法とはわかりつつ頭を抱える。

 もし本当に彩愛が死ぬようなことがあれば、私は神を恨んでしまうだろう。



***********************************************



 彩愛が2歳になって少しして、愛実と彩愛は帰国した。

 長い治療を受け愛実の心も安定し、私の方もひと段落ついて帰国前の四か月間、ほとんどをユングリングの屋敷に滞在させてもらっていたのも効果があったのだろう。

 それでも彩愛の成長は同じ月数の子供と比べても遅い。

 体に問題はない。むしろ健康体そのものだ。

 ただ神の加護を受けている影響が強いだけだと医師は言う。


「ほら彩愛、これが今日から暮らす家ですわ」

「いえ」

「そう家ですわ。これからはお父様とお母様と一緒に暮らしますのよ」

「おじーさまおばーさまは?」

「お二人は別邸に移ったそうですわ。少し寂しいですが、今度会いに行きましょうね」

「あい」


 頷く彩愛に気をよくした愛実が抱き上げて玄関に入っていく。

 父と母は以前お爺様たちが暮らしていた家に引っ越しをした。

 そのほうが本社に近いし便利だから。



***********************************************



 学園の幼稚部の入学式に夫婦そろって出席する。

 ここのところいつ彩愛が死んでしまうかわからない恐怖に、ほとんど家に帰れずにいる。

 愛実も同じなようで、成長の遅い我が子が死んでしまうと思うと不安定になりやすくなり、仕事に没頭するようになってしまった。

 成長が遅くとも、幼くとも彩愛は美しい。

 美の神にも加護を貰い、その美しさは日々磨かれていく。

 けれどもその美しさも、神へ捧げられるための物かもしれないと思えば恐怖しかない。

 失うのが怖いと不安定になった愛実の気持ちが今ならわかる。

 愛する子を失うかもしれないという恐怖は、こんなにも臆病にさせるものなのか、こんなにも苦しいのか。


「情けない顔ですこと」

「沙良様」

「沙良お姉様?」

「この度は彩愛の入園おめでとう。彩愛にさっそく友人が出来たようでしてなによりですわ」

「ああ、確かに」

「準備に走り回ってたのですから、もう少しいい顔をしてはいかがです?」

「確かに各家の子女を集めましたけれど、その中で彩愛の学友と認められるのが何人残るか」

「まあ、史の時も十数人集めて残ったのは二人だけでしたものね」


 沙良様がそう言って彩愛を見る。


「それで、どうしてあの子を避けているようなことをしてますの?」

「それはっ」

「仕事が忙しいのですわ」

「そう。別に構いませんが、後悔しても知りませんわよ」


 沙良様はそう言ってため息を吐いた。

 私たちの代わりとでもいうように彩愛を構う沙良様に、後ろ暗い気持ちが沸き上がる。

 彼女はどうしてこうも強いのだろうか。

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