009
私の学友、皆森彩愛様ははっきり言ってすさまじい方です。
複数の神の加護をその身に宿していらっしゃるのに決して驕らず、己を律して日々を過ごしていらっしゃいます。
幼稚部の入学式で初めてその姿を見たとき、お人形さんが動いていると両親に言って困らせてしまったのは、今では良い思い出です。
私の家、江摩家はそこそこの家格、学園で言えば高の中あたりに属してます。
そのおかげもあって彩愛様には友人として接していただいてます。
彩愛様は高の高、それも最上級に属する家格のご令嬢で、幼いながらにそのスケジュールは半年先まで埋まっているともいわれております。
朝早くから夜までの過密スケジュールに嫌ではないのかと尋ねたことがありますが、彩愛様は笑みを浮かべてお答えにはなりませんでした。
そもそも、彩愛様は嗜好や好き嫌いを言うことはほとんどありません。
それを口に出せばお家の方や周囲ではなく、神が動くのです。
幼稚部に入る前の幼いころに、出された食事が嫌いだと口にてしまい、お父様の首にするという言葉に頷いてしまったことがあるそうです。
その時は食事を提供したシェフの首が飛んだそうです。
比喩ではなく物理的に。
またある時はなんの花が好きだと口に出したら部屋にその花があふれ、彩愛様がもうやめてほしいと神に言うまで続いたそうです。
だから彩愛様は嗜好や好き嫌いを口に出すことはほとんどありません。
その態度、表情から私たちが読み取って行動する必要があります。私たちが代弁するのです。
「ここをお通しするわけには参りませんわ、篠上様」
「皆森彩愛様がわがままを言ったせいで我々が食堂の二階席に立ち入り禁止になった。それを撤回してほしいだけだ」
わざわざ初等部の『王花の間』まで来てご苦労なことだとは思うが、だからと言ってそのようなくだらないことでここを通して彩愛様の手を煩わせるわけにはいかない。
「食堂の、しかも二階席であのように騒いだのですもの、当然ではありませんか?」
「騒いだなんて大げさな。君では話にならない。皆森彩愛様に会わせてもらおう」
「お断りいたします」
「篠上家の子息が江摩家の令嬢の手を煩わせるのですか」
後ろを見れば、同じ学友である夕霧勇人様と紫呉乃衣様が部屋を出てくるところだった。
おそらく彩愛様の采配だろう。
「夕霧勇人様、君からも言ってくれ。こちらはただ先日の発言を撤回してほしいだけだ」
「……彩愛様が、分別のついた行動をとれた方なら食堂も否やは言わないだろうとおっしゃいましたわ」
「あら、お優しいですわね」
「ええ本当に寛大でいらっしゃいますわ」
「寛大?まるでこちらが分別のついた行動をしていないようないいようをする。随分不遜じゃないか」
「不遜というのでしたら、篠上様の今の態度のことではなくて?」
「年下とはいえ我々に随分な態度だものな」
ぎろりと3人でにらめば、篠上様はたたらを踏み一歩下がる。
ここにいる3人はいずれも篠上家よりも格上の家の子女であり、年上とはいえこのような態度をとってよいものではない。
「食堂自体に立ち入り禁止になったのではないのでしょう?庶民の方とご一緒に一階でお食事をお召し上がりになればよいのではなくて?」
「いい加減にしろ。無理にでも通してもらう!」
篠上様がそう言って私たちの横を通り抜け『王花の間』の扉を開けようとするが、どんなに力を入れても開くことができない。
当たり前だ、彩愛様が入室を望んでいないのだから開くわけがない。
「哀れだな」
「神の怒りに触れてしまいましたかしら」
「どうでしょう、彩愛様は慈悲深くいらっしゃいますから」
私達は開かない扉を前に四苦八苦する篠上様の姿を、警備の人が駆け付けるまで冷たい目で見つめていた。