平和な世界がそこにある!
俺は無表情のまま立ち尽くし、不良高校生達に隙の無い眼光を浴びせている。
俺に殴りかかって来た男の腕を、かわさずに自分の腕で防ぐ行為。
かわすのは簡単だが、わざと相手の腕を自分の腕にぶつけさせてやることで、俺の身体の方が頑丈と周りに知らしめる行動であるのだ。
鉄板仕込んであるんだけどね。
「お前ら、俺とやり合いてえか!もぎった金を出せやコラア。」
「金なんか取ってねえぞおおおお!馬鹿にすんなやあああ。」
赤髪が俺に叫んだ。
それから、先程彼が地面にばらまいた二年生の鞄の中身から何かを拾い上げ、俺の目の前に翳したのである。
「俺のヘアバンパクったのはこいつらだあああ!」
「え?」
俺は赤髪の奴が持つヘアバンドに目を落とし、それが普通に女性用のラメで輝くヘアバンドでしか無いと確認すると、赤髪を見返した。
「女もんだよな?お前がそれ付けてんの?」
「ば、馬鹿!これはアオジョのキララちゃんのものだああ!」
「え?」
アオジョとは、近隣にある私立葵女子高等学校の短縮形の呼び名である。
俺は地面に座り込んでいた二年生を見返すと、彼らは先ほどの意気消沈とは違い勇気を絞り出したようにして立ち上がった所だった。
少々小太りのメガネの先輩は叫んだ。
「僕が拾ったんだから僕のものだあああああ。」
「え?」
俺はこのふざけた状況に混乱し、仕方が無いと言う事で、学校に電話をかけていた。
「もしもし?高井戸せんせい?先輩たち発見しました。女の子の落し物について県立原井川商工高校の生徒ともめてます。」
「嘘!揉めてる?他校ともめたら問題じゃない!僕の知らなかった事にできない?このまま三人を帰宅させらんない?」
「……せめて彼らを連れて帰る魔法の言葉をください。」
「……スピーカーにしてくれる。」
俺は教師の言う通りにスマホをスピーカーにした。
丁度その時、俺の後ろから駆け抜けてきた風を背中に受け、目の前では空気が弾ける音が聞こえた。
ぱんっ、だ。
俺の後ろから駆け抜けてきた長い髪をした女の子が赤髪に突進し、奴が手に持つヘアバンドを奪っただけの事なのだが、彼女は小鳥のようにして路地の壁にとびあがり、壁を蹴って方向転換をしたのだ。
再び俺の方へと向いた彼女は、俺に向かって飛んで来た。
髪の毛で顔が覆われていたが、三角の顎はきゃしゃで可愛い唇のを持っていた事は俺に分かった。
彼女は俺の肩に手を乗せて、俺を跳び箱のようにして、俺の後ろへとさらに飛んで行った。
小気味よく軽い足音が俺から遠ざかっていく!
俺はスマートフォンを捧げ持ちながら、ようやく平和で恋のある世界が俺にも到来したのだと歓喜に打ち震えていた。
「もしもし?黒茸君?何か問題がありましたか?ええと、僕が今から帰りなさいとか言っていい?」
俺はスピーカーを終了するとスマホを耳に当てた。
「問題ないです。俺はこれから尋問を開始しますのでお電話は不要となりました。では。」
「え、じんもん?く、くろたけくん?」
ぶつ。
スマホを切って片付けると、今の女の子に見惚れている男達に視線を向けた。
「さあ、知っていることを洗いざらい吐いて貰おうか。それまで一人たりともこの路地から逃がさねえよ!」
右の拳を左手の平に俺は打ち付けた。
六人の男達は俺に対して悲鳴を上げた気がする。