第二対決……? ―2
カトレアさまとその男――グラディオは、そのまましばらく無言で睨み合っていた。
その間にどうにかサレナとアネモネもそこへ追いついて、お供をするようにカトレアさまの両横に並ぶ。
「――遅かったか……! グラディオ!!」
するとほぼ同じタイミングで、何故かアドニスとロッサが校舎の方からこちらへと駆けつけてきた。
「おっと、アドニスとロッサまで来たのか? 久しいな、どうした? まるで俺のことを探してくれていたみたいだが、停学明けでも祝いに来てくれたのか?」
アドニスの呼びかけに振り向き、二人の姿を認めると、グラディオは愉快そうにそう軽口を叩く。
「……ああ、そうだよ。ただし、探してた理由はこんなことになってるんじゃないかと危惧してだが……案の定だったな」
アドニスとロッサはある程度まで近づいてきてから立ち止まると、警戒するような視線を送りながら身構えつつ、そう言葉を返す。
その緊迫した声と様子から察するに、二人はある程度この事態を予見して、それを防ぐか止めるかするために校内を探し回っていたらしい。
今の状況がまったくその通りであることを思うと、嫌な的中具合であろう。
「こんなこと? 一体どんなことだ? 俺は何も、こうして寄ってたかって咎められるようなことはしていないつもりだが……」
対して、まったく悪びれもせずにそう言うと、グラディオは潔白を証明しているつもりなのか、両手を軽く上げてホールドアップの姿勢を取る。
「何を白々しい――」
だが、シクシクと咽び泣く不良生徒とそれを介抱する仲間達、さらに彼らをグラディオから庇うようにして立ちはだかっているサレナ達という光景を前にして、その証言を信じられる人間はいないだろう。
当然アドニスもそのあまりのふざけた態度に多少の怒りを露わにしながら、それを切り捨てようとする。
「本当さ。むしろ俺は被害者だぞ? そいつらから一方的に絡まれた挙げ句、もう少しで暴力まで振るわれるところだったんだ。だから、身を守るためには少しばかり抵抗する必要があった。それくらいは見逃してもらいたいところだな。正当防衛ってやつだ」
しかし、グラディオは相変わらず泰然とした態度でそう語りながら、手を上げたままゆっくりと歩き出した。
思わず全員が驚きと共に警戒を強め、何があっても対処出来るよう身構える中を、グラディオは他に何をしようともせずただゆったりと歩く。
そして、するっとサレナ達の横を通り過ぎると、その後ろに庇われている不良生徒達の元へ近寄り、片膝をついてしゃがみ込んだ。
「そうだろう? うん?」
先ほどまで相手の手首を握り潰そうとしていたとはとても思えないくらいに、敵意などまったく抱いていないような穏やかな声と表情でグラディオは不良生徒達にそう問いかけた。
確かに、最初に絡んでいった不良生徒達と、一部始終を横目に見ていたサレナ達はその証言がある程度は真実でもあるということをわかっている。
かといって、それが全面的に正しいとはとてもではないが言えなかった。
仕方なかった? 正当防衛? 冗談じゃない。
この男は、明らかに公然と暴力を振るえることを楽しんでいた。喜んでいた。
そりゃ最初に仕掛けた不良生徒達も悪かろうが、ここまでの報復を受けるほどの罪ではないだろう。
明らかにグラディオはやりすぎだった。
このまま簡単に手打ちになど出来ないだろうと思われるくらいに。
「ひぃっ!? わ、わかったよ! アンタがそう言うならそれでいい! オレ達が悪かったんだ! すまねえ! だからもう、勘弁してくれぇ!」
だが、そう問われた不良生徒達のリーダー格であろう三年生は先ほど以上に怯えながら、ほとんど泣き叫ぶ寸前のような声でそう言った。
手を上げたままで何も手出しするつもりがなさそうに、ただ問いかけてきているだけのグラディオ相手にである。
「おい! 行くぞ!」
「ひぃ、ひぃぃ」
そして、未だ痛みに啜り泣く一年生不良に残りの二人で肩を貸してどうにか立たせると、這々の体でどこかへと逃げ去っていった。
「…………っ」
グラディオを除いたその場の誰もが、それを止めることが出来ずに唖然としたまま見送るしかなかった。
これ以上事を荒立てることが正解なのかどうかは何とも言えないところであるとはいえ、これだけの人間が一応今のところは彼らに味方してくれているというのに。
それなのに、不良生徒達はそれよりもただ目の前のグラディオという男一人に恐怖し、自分達が全面的に悪いと認めて平謝りしながら逃走することを選んだ。
あまりにも信じられない、どう考えても尋常ではない光景であった。
「……さて、というわけだ。幸いなことに、あいつらの方から勝手に手打ちにしてくれた。だったら、俺もこれ以上何かしようというつもりもない。そうなると、今回の悶着はこれで一件落着。何もなかったということになるな」
グラディオは立ち上がり、満足そうに頷きながらそう言うと、一同をぐるりと見回す。
「…………」
サレナも含めて、そう言われた誰もがそれに納得など出来ていなかっただろう。
かといって、何を反論することも出来なかった。
認めたくはない、納得など出来ない。
だが、状況はグラディオの言う通りでしかない。
直接何らかの被害を受けたわけではないサレナ達に、これ以上グラディオを糾弾することは出来なかった。
「――さて、じゃあ俺はそろそろ行くぞ。わざわざ昼飯時に探し回らせたというのに、期待に沿えなくて悪かったな、アドニス、ロッサ」
黙り込むしかない全員を見るのに飽きたのか、一転醒めたようにそう言うと、グラディオは背を向ける。
「……これからどうするつもりだ、グラディオ」
その背に向かって、アドニスが普段の柔和さなど欠片もない固い声で問いかける。
「別に、大人しく学院生活を送るとも。普通にな。停学はまだしも、俺だって退学は避けたい。お前達に目をつけられるようなことはしないさ。折角、どうにか年に一度の楽しみに間に合うようにも戻ってこられたからな」
グラディオはこちらへ半身だけ振り返ると、アドニスの問いにそう答えた。
それから、視線を流すとその目をハッキリとサレナの方へ向けてきながら、
「それに、どうやら俺がいない間に面白い奴らが増えたらしい。まだまだ学院は楽しそうだ」
あの邪悪な薄笑いと共に、そう言った。
それを見て、再度サレナの背筋に寒気が走る。
その男に対して、かつてアドニスに感じていた警戒心とはまた別種のそれがサレナの心中には発生しているようだった。
思わずサレナは強めの視線を返してしまう。
しかし、グラディオは既に別の人物へとその視線を移していた。
そして、視線を向けている相手へと、まったく穏やかな声で呼びかける。
「カトレア。久しぶりにお前の顔も見られて良かった。息災なようで何よりだよ。どうやら食事の邪魔をしてしまったらしいな、悪かった」
「……あなたも、まったく変わりがないようで安心したわ」
だが、応じるカトレアさまの声は対照的に平坦で、どこか冷たい響きを伴っていた。
少なくともサレナにはそう聞こえて、若干の不可解さを覚える。
「ははっ。いずれ二人でゆっくり話そうじゃないか。ではな」
最後に片手を上げながらそう言い残し、今度こそ背を向けるとグラディオはどこぞへと歩き去っていった。
「――――」
そこで、グラディオのことを思い出してからずっとサレナの中でピンと張り詰めていたものが急に途切れた。
それと共にどっと押し寄せきた精神的な疲労で、以降何だか頭にぼんやりとモヤがかかった状態となってしまったのであった。