皇帝の帰還 ―1
サレナ達四人はあれからまた気を取り直すと、今度こそ和気藹々と食事を楽しんでいた。
緩やかに夏へ近づいている最中とはいえまだまだ過ごしやすい爽やかな陽気で、「たまには外もいいわね」と、カトレアさまも上機嫌である。
サレナとアネモネが喜色満面なのは言わずもがな、あのヒースですら時折穏やかな笑顔を浮かべるのだから相当な盛り上がりぶりと言えるだろう。
だが、えてしてそんな時にこそ、そこへ水を差すような輩というのは現れるもので。
「ギャハハハハ!!」
癇に障る下品な笑い声と共に、三人組の男子生徒がどこぞから不意に中庭へと歩いてきた。
だらしなく着崩した制服に、気合いの入ったセットを施した頭髪。曲がった性根が表れたような顔つき。
どこに出しても恥ずかしくない程に柄の悪い、不良生徒の一団であった。
魔術士であり、貴族の中でも相当なエリートしか通うことの出来ないこの学院にこういった生徒が一定数存在するというのも不思議な話である。
だが、むしろこれほど素行が悪い貴族のボンボンであるからこその"裏口"というものもあるのだろう。
サレナはこういう輩のことをそんなものだと認識し、普段は気にもとめていなかった。
所詮、どうやって学院に入学したのか大声で言えないような落ちこぼれ、普通にしていれば大半の生徒は関わり合うこともない。
だが、彼ら自身も自分がそんな日陰者に近い立場であることを理解しているが故に、互いに群れて、誰からも干渉されない場所を求めるのだろう。
そういった手合いは昼食時は食堂に行くのも稀で、普段はこうして校舎の外を闊歩したり、適当な場所でたむろして過ごしていた。
さらに、そうして普通の生徒が校舎内に籠もりがちなのに対して校舎の外を自分達の縄張りのように思い込み、我が物顔でそこでの狼藉を行うのだから困りものである。
そんな彼らと遭遇してしまうことを避けたいと思う気持ちが、昼食を外で食べる生徒がさほど多くないという状況の一因にもなっていた。
というわけで、そんな不良生徒達の一部が今日は気まぐれに中庭へと繰り出してきたところに、サレナ達は運悪く居合わせてしまったようだった。
不快な大声でベラベラと喋りながら我が物顔で往来の真ん中を行く彼ら。
そんな集団が目に飛び込んできたことで、サレナ達は思わず顔をしかめてしまう。
楽しい気分が台無しであった。まったくなんというバッドタイミングか。
そんなことを考えながら四人が食事を一時中断して不良生徒達を見ていると、向こうでもサレナ達の存在に気づいたらしい。
というよりも、彼らは中庭で食事をしている生徒達全員へ誰彼構わず威嚇するようにガンを飛ばしながら歩いていた。
そのせいで怯えながらそそくさと荷物をまとめ、校内へ避難しようとする生徒達も出てきているくらいだった。
なので、サレナ達にそのガンつけの順番が回ってくるのも当然であったし、予想通りその一団は他と同じようにこちらを睨みつけてきた。
☆★
「――――ッ!?」
だが、この日運が悪かったのはサレナ達以上に不良生徒達の方であっただろう。
何せ睨みつけた相手が学院生徒間の最高権力者に近い紫の女王ことカトレアさまなのである。
さらに、問題はそれだけではない。
ヒースとサレナも、今や学院一年生の間では孤高かつ不気味なアウトローとして恐れられていた。
しかも、最近ではその悪名は学年を越えて広まりつつもある。
いくら突っ張って生きることが信条の不良達といえども、権力と自分達以上の悪には非常に敏感で用心深いものである。
なので、そんな危険人物達が何故か一所に集まって食事をしていたらしいことに即座に気づき、彼らは驚きのあまり時が止まったように固まってしまった。
☆★
「…………?」
だが、そんなことは露とも知らぬサレナ達はと言えば、こちらにガンを飛ばしてきた不良生徒達がそのまま動きを止めてしまったのを少しばかり不思議に思っていた。
というか、サレナ達は別にやかましい輩が歩いてきたのを鬱陶しく感じていただけで、そのまま通り過ぎていくのであればこちらから特に干渉する気はなかった。
カトレアさまも不快そうに眉をひそめてはいるものの、別に今この場で風紀を乱す生徒達を粛正しようなどとは思われてはいないだろう。いないはずだ、うん。
だが、こちらを睨みつけてきたまま動こうとしないのであれば話は別だ。
喧嘩でも売りたいのかと疑わざるをえない。
何より、いつまでもそんな不躾な視線をカトレアさまに向けてきているのは許されざる。
まあ、そんなことを考えているのはサレナだけかもしれないが。
「――――」
というわけで、四人の中でもとりわけ喧嘩っ早い方であるサレナとヒースが多少の苛立ちと共にそんな不良達を強めに睨み返してやった。
最近はその印象も薄れてきたとはいえ未だふんわり系な顔立ちのサレナはともかく、ヒースの凶悪な目つきは相当な迫力と効果があったらしい。
あるいは全員の評判(とりわけサレナとヒースの悪評)も功を奏したのだろう。
「…………ッ!」
不良生徒達は争いに負けた野生動物のように目を逸らすと、小さく舌打ちをしてサレナ達から遠ざかるように移動を再開した。
それに対して、いささか拍子抜けしたような気分でサレナは鼻を鳴らす。
「へんっ、なによアイツら。こっちにガン飛ばしてきといて、結局何もなしって」
「やめとけ。絡まれたっていいことなんて何もねえんだ。向こうから退いてくれて良かったよ」
ヒースは何とも落ち着き払った、場慣れした態度でそう呟くように言う。
何やら見た目相応に場数を踏んでいるようであった。
「まあ、私の迫力に恐れをなしたってところでしょうね」
「いや……ねえだろ、それは」
サレナが"まあいいや"とばかりにそうポジティブな解釈を披露すると、ヒースは呆れたような視線と声を向けてきた。
自慢げなサレナのその顔がどうにも締まらないふんわりさを漂わせていれば無理もない反応だろう。
「あら、あながちそうでもないとも言い切れませんわよ。最近のサレナさんの評判は学院中に轟きつつある御様子ですもの。まあ、一年生の実力者である私とヒースさんを従え、恐るべき魔術の才能を持った怪物のような扱いですが……」
「初耳なんだけど、その不名誉な評判!?」
アネモネがぽつりとこぼしたその情報に、サレナとヒースは綺麗に声を重ねて驚愕を表す。
勝手に配下扱いにされていたヒースも不満だろうが、それ以上に怪物扱いはないだろうとサレナはまったく渋い顔をしてしまう。
学院の白き王子に打ち勝てるような存在になる。そう思っていたのに、その頑張りの結果が怪物扱いって。
「あらあら、これは私もうかうかしていられないかもしれないわね。あなた達に追い越されないように頑張らないと」
しかも、それを聞いたカトレアさまがくすくすと笑いながらそんなことを言うので、サレナはもはやガックリと肩を落として溜息を吐くしかなかった。
何だか当初思い描いた通りに進んでいるような、いないような、微妙な感じである。
怪物。それを聞いたカトレアさまはこうしてウケてはくれているけども、最終目標である恋愛対象としてはどう思われるのか。
いや、深く考えずとも決してよろしい評価ではないだろう。
「あーあ……」
サレナは物憂げな声を出しつつ、ぼんやり明後日の方へと視線を逸らす。
何だか遠くの景色でも眺めて気持ちを落ち着けたい気分だった。
「ん……?」
そして、そのおかげで、いち早くその異変に気づくこととなったのだが。