後日談から始まって ―8
「……まあ、納得は出来たよ。だが、俺にはどうもわからんね」
ロッサはそれに対して反発まではしないものの、まだ全てを飲み込むつもりはないというように話し始める。
「それだけ好きで、愛しているという自覚があるのに、それより先には踏み込むことが出来ないものかい?」
「……恋をしているなら、相手を求めるものなんだろう? 渇望を得るはずだ。だけど、僕にはどうしてもその渇望が発生しなかった。そして、渇望のない情愛は肉親に向けるそれと同質だ。少なくとも僕はそう思う」
「つまり、カトレアを姉や妹のように思っているから恋仲にはなれないと言うんだろう? そこが俺には理解出来ないって言ってるのさ」
ロッサのその言葉に、アドニスはピクリと片眉を上げて鋭い視線を向ける。
「君は姉や妹みたいな存在に対しても恋することが出来るのか?」
「ああ、そのつもりだよ。まあ、実際の血縁関係はともかくとして、精神的な壁だなんて……ばかばかしい。結局のところ男と女なんだ。そんなもの、どうとでも変化していけるはずさ」
「おとっ……と、っと、それはともかく……」
ロッサのあまりにも直截な物言いにアドニスは若干狼狽えてしまいつつも、ぎろりと親友を睨みつけて問う。
「言ったな? たとえ姉、妹のように思っていようが、君は恋愛感情を抱くことが出来る、と」
「ああ、言った。たとえ妹のような存在だろうが、それとは関係なく俺は恋仲になれるぜ。なってもいいと思っている」
まあ、そうは言っても一人息子である俺に姉妹はいないんだが。
どことなく挑発的な態度でロッサはそう言いつつも、最後にそう付け加えてぺろりと舌を出した。
それを見てようやく自分が悪戯好きの親友にからかわれていることに気づいたアドニスは、一気に気が抜けたように盛大な溜息を吐く。
「……今の言葉、覚えとくぞ。そして、いつか僕と同じ境遇に陥った時は、指さして思いっきり笑ってやるからな」
いつの間にか熱くなりすぎた自分を反省しつつ、せめてもの反撃としてアドニスはそう言い放つ。
「ああ、是非そうしてくれ」
そんなアドニスの反応に対して、ロッサの方はニヤニヤと満足そうな笑みを浮かべながらも、
「――だけど、アドニス。お前の口から直接、その理由が聞けて安心したよ」
一転、その声を本当に安心しているように穏やかなそれに変えると、ぽつりとそうこぼした。
それを聞いて"一体どういう意味か"と口には出さずに表情で疑問を表すアドニスに応えて、ロッサは理由を話す。
「少なくともお前が魔術士――貴族界における地位やら家の事情やら、そんなくだらないことを理由にしてカトレアを袖にしたわけじゃないということがわかったからな。おかげで親友を見損なわずに済んだ」
心から安堵しているような親友のその言葉に、アドニスは少しばかり不服そうな声で反応する。
「失敬な。『家柄や権威で人を見るな、ただその中身のみで見よ』というのが我が一族の信条だ。一族筆頭の立場として、それを違えるつもりはないぞ」
「悪かったよ。そのお固い家訓抜きにしても、お前自身がそういう性質の人間じゃないことも心底わかってる。いい加減、長い付き合いだもんな」
ロッサは苦笑しつつ、素直にそう謝った。
そして、その後でばつ悪く言い訳をするように言葉を続ける。
「ただ、俺の方がちょっと神経質になりすぎていただけさ。特に、そろそろ皇帝サマも戻ってくる時期だったしな」
だが、それを聞いた瞬間、アドニスの動きが突然止まり、ピシッと固まったようになった。
おまけに、その顔は一体今どういう感情なのか判別できないような無表情に変わっている。
「…………ロッサ、今何て言った?」
「ん? そろそろ皇帝が戻ってくる時期だろ……って、おい、まさか」
ロッサが呆れたような声と視線を向ける先、アドニスの顔色は無表情のままどことなく青白いそれへと変化していた。
「――ああ、恥ずかしながら、ここ最近色々とありすぎて完全に記憶から抜け落ちていた……」
「……お前は昔っから、そういう変に迂闊なところがあるよなぁ」
まったく友の言う通りではあるので今は反論せず、アドニスは代わりに先ほどから自分の中を駆け巡っている嫌な予感に従って、聞かなければならないことだけを尋ねる。
「いつだ……?」
「いつって……」
「彼が戻ってくる日付だよ、いつだった?」
「……待て待て、確か三月の初めから三ヶ月の停学だったから――」
何だか嫌に緊迫した様子のアドニスからそう問われて、それが伝播したかのように少々焦りを見せつつ、ロッサは即座に思考を巡らせて、答えを口にする。
「……こりゃ驚いた、ちょうど今日だな」
「やっぱりか! というか、君も人のことを言えない迂闊さだぞ!」
「そうデカい声出すなよ。大体、停学明けて戻ってくるのが今日ってだけで、何をそんなに焦る必要が……」
呆れたようにそう言いかけるも、ロッサは途中で言葉を止める。
その顔は、目の前のアドニスと同じ考えと不安に至ったような、そんな表情で。
「あるかもしれないだろ、アレに関しては。暴力を振るう理由を探して生きてるような男だぞ」
「……考えすぎだと笑い飛ばせないのが自分でも嫌になるな、まったく。メシも途中だってのに」
そう軽口を叩きつつも、流石にロッサも苦笑いすら出てこなかったようだ。
二人は目線を合わせ、互いの考えが同じであることを確認するように無言で頷き合う。
それから立ち上がると、急いで食堂の出口へ向かって歩き出した。




