後日談から始まって ―6
確かにあの王子様は相当におモテになることだろう。それは当然だ。
しかし、それが何故今までそれほど可視化されず、カトレアさまも正確にその度合いを把握出来ていなかったのかというと、それは彼の傍に常に彼女自身が存在していたからだろう。
学院の"白き王子"と"紫の女王"が仲睦まじげに一緒にいる中で、そこに割って入って突撃していけるほどの豪胆さを備えた女子生徒はそう多くない。
たとえ二人が正式に恋仲であるという確証がなくとも、だ。
一歩引いた視点から見ていればそれは今更意識するまでもなく当たり前の状況だったのだが、どうやらその原因である本人は今まで全くそれに気づいていなかったらしい。
だが、今回自らその状況を変えてしまったことで、ようやくカトレアさま自身もそれに気づけたようであった。
そして同時に、それに気づいてしまったことで、聡明な彼女はどうやらそれ以上のことにも気づいてしまったらしく――。
「そんな風にね、私が原因でアドニスに声をかける女の子が減っていたのだとしたら……気後れすることになった女の子達にとっては災難だったでしょうけど、逆にその応対に手間を取られないで済むアドニスは物凄く助かっていたんじゃないかしら……? そして、それってつまり、アドニスはそのために今まで私を上手く利用していたことになるのじゃないかしら……?」
非常に重苦しい調子でそんな推論を語り終えたところで、カトレアさまは"ふふふ"と自虐的な笑みを浮かべ、あらぬ方向を見ながらいじけたように言う。
「結局、私って、彼にとってはそんな風に都合のいい女だったんだわ……」
そうこぼすと同時に、カトレアさまの体から立ち上るなんともどんよりとしたオーラ。
それはまあ幻覚としても、そんな今まで誰も見たことがないようなカトレアさまの異次元の落ち込みようにサレナ達は面食らい、おろおろするより他ない。
というか、いつものカトレアさまであればこんな姿を人前に晒すことは絶対にありえない。
ないのだが、これはサレナ達にそこまで気を許してくれているということなのか、それとも片思いの相手にフられてしまったダメージがカトレアさまを少しおかしく……もとい、感傷的にしすぎてしまっているのか。
どちらにせよ、この状態のままでカトレアさまを放っておくわけにもいかない。
「そっ、そんなことないですよ! カトレアさまの考えすぎですってば!」
「そっ、そうですわ! アドニスお兄様は……確かに多少腹黒いところもありますが、そんな"都合のいい女"だなんて思っておられないはずです!」
「というか、もしも思ってたら私があのツラぶん殴ってやりますよ!」
「そうかしら……そうかしら……」
サレナとアネモネがとにかく必死でそう慰めると、カトレアさまもどうにか気を持ち直してきて、どんよりしたオーラも引っ込んでいった。
「はぁ……とにかくまあ、そういう事情で今、食堂には一人では居座りづらいのよ……だから、今回こうして報告も兼ねてあなた達と一緒に昼食を食べられるのは私にとっても渡りに船だった、と……そういうわけなのだけれど」
そうやって一度モヤモヤしていた胸の内を吐き出したことで少しはスッキリされたのだろうか。
カトレアさまは小さく嘆息すると、ようやく普段通りの調子に戻りつつそう言った。
それから、三人の顔を見回して、
「だから、ね……今度はむしろ私からお願いするわ……。あなた達さえよければ、もうしばらくこんな風にあなた達の中に混ぜてもらって、一緒に昼食を取らせてくれないかしら……? 事情を全部知っていて……というか、さっき一方的に私が話しただけなのだけれど……その上で受け入れてくれそうな知り合いはあなた達くらいしかいないし……」
それに、最近あなた達と一緒にいるとなんだかんだで私も楽しいのよ。
困ったような微笑みと共にそう付け加えてから、カトレアさまはぺこりと小さく頭を下げてそんなことを頼み込んできた。
「いっ、いえいえそんな! 私達が断るわけじゃないですか、喜んでご一緒させてくださいよ!」
「そうですとも! むしろお姉様と食卓を共にさせていただけるだなんて、こちらから頭を下げてお願いしたい程ですのに!」
そんなカトレアさまのお願い事に三人はまたも衝撃を受けながら、しどろもどろに恐縮しきってなんとか顔を上げてもらう。
二年上の先輩どころか学院の女王とも目されているような御方に頭を下げさせてしまうなんて、まったく畏れ多いにも程がある。
今日のカトレアさまはとにかく心臓に悪いことこの上ない。
「そう? ありがとう、そうしてもらえると本当に助かるわ」
サレナ達が申し出を受け入れたことで、カトレアさまは安心したような笑顔を見せると、ほっと安堵の息を吐いた。
つられて、サレナ達もようやく一段落ついたような心地でふぅと息を吐く。
予期せず藪蛇をつついてしまったせいで色々と精神的に疲れる羽目になったが、流石にそれもここで終わりだろう。
だというのに、
「……オレ達はそれで構わないですし、センパイもそれでいいんならいいんスけど……」
不意に、なにやら考え込んでいるような声でヒースがさらに混ぜっ返すような発言をこぼした。
「なによ、まだこれ以上あるっての?」
そんなヒースに対して、サレナは思わず突っかかるようにして問いただす。
せっかく上手く収まりそうな雰囲気だったのに、と咎めるような不満の視線と共に。
「いや、センパイがこっちに避難してきたら、食堂に残された方がもっと大変になるんじゃねえかなって思っただけなんだが……」
サレナの反応をヒースも流石に尤もだと感じたのか、その態度に対して反発するでもなく、頭に浮かんでしまった疑問を素直に吐露してくる。
「ああ、それならいいのよ」
そんなヒースの疑問に、なんともあっけらかんとした様子でカトレアさまはそう答えた。
そうか、カトレアさまがそう言うのならいい……のかな?
妙な引っかかりを感じた三人が不思議そうな顔を向けると、カトレアさまは腕を組んでそっぽを向き、何だか拗ねているような表情をしていた。
そして、そのままふんと鼻を鳴らして言い放つ。
「今まで私を散々いいように利用してくれたんだもの。今度はあっちが少しは苦労すればいいんだわ」